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【失恋】

失った恋と書いて、失恋。

僕はあの人に恋をしていた。
毎朝、きっかり同じ時間に登校する僕。
今の高校に通い始めて三ヶ月目のある朝、あの人を見かけた。
朝の光に照らされて輝く、黒いロングヘア。
透明感のある白い肌に、赤ともピンクともつかない口紅の塗られた唇がよく映えていた。
グレーのリクルートスーツがよく似合っていて、タイトスカートから細くすらりと伸びた足が綺麗だった。
極めつけは長い睫毛と大きくぱっちりした瞳。できることなら、いつまででも見ていたかった。

一目惚れから僕の恋は始まった。
その日からは毎朝あの人を見かけるようになり、何をしても退屈だった日々が嘘みたいに登校するのが楽しくなった。
少し体調が悪くても、嫌な授業があっても、あの人に会いたくて学校に通った。
おかげで僕は、一度も休まず高校に通えていた。

けれど僕は、恋を失ったのだ。
それは、あの人を見かけて五ヶ月ほど経ったころのことだった。
僕の前を歩くあの人の背中を眺めながら後ろを歩いていたら、あの人の隣に一台の車が停まったのだ。
「サイカ、待たせたな」
車の窓を開けて若い男があの人に話しかける。はっきりした顔立ちで、案外男前だった。あいつは、いったい誰なんだ。
男はあの人をサイカと呼んだ。あの人の名前を初めて知ったが、漢字は分からない。
「ありがとね、カズくん」
サイカさんは笑顔でそう言うと車に乗り込んだ。僕が初めて見る、サイカさんの笑顔。可愛かったけれど、それは僕ではなくあの男に向けられていた。

サイカさんが助手席に座るなり、カズくんと呼ばれた男はサイカさんの頭を引き寄せてキスをした。サイカさんは恥ずかしそうで幸せそうな顔をしてから男にキスを返した。車の細く開いた窓からは、微かな笑い声と水音が聞こえてくる。

僕はこれ以上ここに居たくなくて、全速力で走った。走っているうちに溢れてきた涙は後ろに流れていった。駅に向かう気になれず、家から少し離れた場所にある公園に向かって走った。

やがて公園に着くと、ベンチに座って嗚咽した。恋の終わりは呆気なく残酷だった。恋を失うことは、辛く苦しく寂しく、心を捻り潰されるようなものなのだと知った。

その日は初めて、高校を休んだ。

6/3/2024, 11:45:23 AM