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6/3/2024, 11:45:23 AM

【失恋】

失った恋と書いて、失恋。

僕はあの人に恋をしていた。
毎朝、きっかり同じ時間に登校する僕。
今の高校に通い始めて三ヶ月目のある朝、あの人を見かけた。
朝の光に照らされて輝く、黒いロングヘア。
透明感のある白い肌に、赤ともピンクともつかない口紅の塗られた唇がよく映えていた。
グレーのリクルートスーツがよく似合っていて、タイトスカートから細くすらりと伸びた足が綺麗だった。
極めつけは長い睫毛と大きくぱっちりした瞳。できることなら、いつまででも見ていたかった。

一目惚れから僕の恋は始まった。
その日からは毎朝あの人を見かけるようになり、何をしても退屈だった日々が嘘みたいに登校するのが楽しくなった。
少し体調が悪くても、嫌な授業があっても、あの人に会いたくて学校に通った。
おかげで僕は、一度も休まず高校に通えていた。

けれど僕は、恋を失ったのだ。
それは、あの人を見かけて五ヶ月ほど経ったころのことだった。
僕の前を歩くあの人の背中を眺めながら後ろを歩いていたら、あの人の隣に一台の車が停まったのだ。
「サイカ、待たせたな」
車の窓を開けて若い男があの人に話しかける。はっきりした顔立ちで、案外男前だった。あいつは、いったい誰なんだ。
男はあの人をサイカと呼んだ。あの人の名前を初めて知ったが、漢字は分からない。
「ありがとね、カズくん」
サイカさんは笑顔でそう言うと車に乗り込んだ。僕が初めて見る、サイカさんの笑顔。可愛かったけれど、それは僕ではなくあの男に向けられていた。

サイカさんが助手席に座るなり、カズくんと呼ばれた男はサイカさんの頭を引き寄せてキスをした。サイカさんは恥ずかしそうで幸せそうな顔をしてから男にキスを返した。車の細く開いた窓からは、微かな笑い声と水音が聞こえてくる。

僕はこれ以上ここに居たくなくて、全速力で走った。走っているうちに溢れてきた涙は後ろに流れていった。駅に向かう気になれず、家から少し離れた場所にある公園に向かって走った。

やがて公園に着くと、ベンチに座って嗚咽した。恋の終わりは呆気なく残酷だった。恋を失うことは、辛く苦しく寂しく、心を捻り潰されるようなものなのだと知った。

その日は初めて、高校を休んだ。

6/2/2024, 11:33:06 AM

【正直】

とりあえず、私が思ってることぜーんぶ言いますね

まずあなた、自分が思ってる以上に体臭がヤバいです
口臭もキツくて、キスするのが苦痛でした

次に、食事の時の食べ方が汚いです
クチャクチャ噛むし、こぼすし
おまけにこぼしたものを拾いもしない
それを拾って片付けてるの誰だと思ってます?

あとね、風呂に三日も入らないのやめた方がいいですよ
さっきも言いましたがあなたは体臭がヤバいんです
それなのに三日おきって……職場の人も迷惑してるんじゃないですか

しかもあなた、性格も悪いですね
嘘つきだし、その場では調子のいいことを言っても
先延ばしにしたり、誤魔化したり……
さすがに我慢の限界です

それから仕事だと言って遊びに行くのやめません?
緊急の用であなたのスマホに電話しても出なくて
仕方なくあなたの職場に電話したら
昨日今日と二日続けて休みを取ってる、なんて言われました
ふざけないでください

ええ、私はあなたが浮気してることを知ってます
浮気相手と一泊二日の旅行は楽しかったですか?
私との記念日は盛大に祝うとか
調子のいいこと言ってましたけど
急に仕事になったなんて言って
本当は浮気相手と旅行を楽しんでいたんですね
私よりも浮気相手を選んだってわけですか

正直に言いますよ
あなたが臭かろうが食べ方が汚かろうが性格悪かろうが
私はあなたのことが好きでした
好きだから一緒に居たんです
それ以上にあなたの良いところを
知っているつもりでしたから
でも、それすらもう信じられません
本当のあなたが分からないです
迷惑をかけたり嘘をついたりしても
私のことを好きだという気持ちに嘘はないと
ずっと信じていたのに

もうあなたのことなんてどうでもいいです
どうぞ浮気相手とお幸せに
でも最後にもう一つだけ
私の正直な気持ちを言いますね
とっととくたばれ

6/1/2024, 12:11:38 PM

【梅雨】

憂鬱な季節
面倒な季節
そう言う人もいるけれど
私は梅雨の時期が嫌いではない
それは私が産まれたのが
梅雨の時期だったからだ

雨の降る音を聞きながら
誕生日を祝ってもらうというのも
私は好きだ
私は雨が降っている日に産まれたらしいから
その日の雨音もこんな感じだったのかなと思う

自分の産まれた日に思いを馳せながら
私は今年も梅雨という時期を楽しんでいる

5/31/2024, 11:03:42 AM

【無垢】

なーんにも考えてないわけじゃなくて
汚いことを考えてないだけなのかな
嬉しいとか嫌だとかはちゃんと感じてるしね
だけど
人を恨んだり酷いことしてやろうと考えたりは
してないと思う
当たり前だよね、赤ちゃんだもん
無垢ってこういうことを言うんだなあ
大人がすっかり忘れてる
綺麗なだけの心のことなんだろうな
でもさ
無垢な状態には戻れないけど
世の中には悪い人がいるとか
こういう人は許しちゃいけないとか
人って成長や経験で覚えていくものでしょ
それがなかったら
人に傷付けられたり騙され続けたりすると思うんだよね
だから私、無垢じゃなくて良かったよ
けど
この子はまだ無垢だから
私たちが守っていかなきゃね

5/31/2024, 7:39:24 AM

【終わりなき旅】

出発したのは今から三十年前
きっかけは国から出された極秘の任務だった
任務の内容は星々の調査
それから人間が住める星を一人で探せというものだった
だが火星など学生でも知っているような星ではなく
人間が住むことができる未知の星を探し出せとのことであった

けれど三十年経った今も
人間が住める未知の星は見つからない
それどころか未知の星すらほとんど見つけられていない

私は今日も一人で宇宙船に乗り
この広い宇宙を漂っている
宇宙は果てしない
いつか人間が住める星を見つけられたとしても
星々の調査には終わりなどない
私は人々のために終わりなき旅を続ける
ここを出発する前に
自分の人生を全て捧げる覚悟は決めてきた
そして、死ぬまで地球に戻れない契約を承諾して出発した

私がここで調査をするだけで
地球の家族は一日につき五百万円を受け取ることができる
地球に置いてきた子供たちも
もうとっくに立派な大人になっていることだろう
妻は元気にしているだろうか
時々連絡は取っているが、さすがに声が歳を取ってきたように感じる
人々と家族のために、私は孤独な終わりなき旅を
終わらせるわけにはいかないのだ

調査を一度中断して休憩する
無重力で宇宙食がくるくる回っているのも
丸くなった水が浮かんでいるのも
もう珍しい光景ではない
調査の他の楽しみはほとんどないが
宇宙船の窓から外を見れば
今日も地球が綺麗だ

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