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5/4/2024, 12:57:51 PM

【耳を澄ますと】

微かな音が聴こえてくる
目を閉じて耳を澄ますと
それが川のせせらぎだと分かる
私の心を浄化して癒してくれる
そんな音だった

5/3/2024, 2:05:24 PM

【二人だけの秘密】

公園の側にある空き地の土の中にそれを埋めると
咲は微笑みながら
「二人だけの秘密ね」と言った
咲が持ってきたおもちゃの赤い宝箱は
綺麗な装飾が施されていて、小さな鍵までついていた
上からスコップで土を被せると、宝箱は見えなくなった
それには僕らの宝物と未来の自分への手紙が入っていて
そしてもう一つ、お互いに向けた手紙も入れた
咲は「鍵は二つあるから、片方は渡しておくね」と言って
僕におもちゃの宝箱の鍵を渡した

十年後に掘り出そうと約束したけれど
二年後、咲は父親の仕事の都合で海外に引っ越してしまった
それからは公園の近くを通るたび
僕だけがあのタイムカプセルを思い出していた

それから三年後
咲が病気で亡くなったと母から聞かされた
僕は葬式に出ることもできず
咲が本当に居なくなったという実感すら湧かずにいた

タイムカプセルを埋めてから十年が経った
高校生になった僕は宝箱の鍵をポケットに入れて
一人であの宝箱を掘り起こしに行った
綺麗なおもちゃの宝箱は十年も土に埋められていたせいで
だいぶ汚れていた
だが、その土を落としているうちにはっとした
掘り出した宝箱には鍵がかかっていなかったのだ

開けてみると、そこには
僕の入れたものだけが入っていた
僕の宝物だったミニカーと、僕が未来の自分に宛てた手紙
そして幼いながら、咲への確かな恋心をしたためた手紙
それしか、入っていなかった
咲の宝物だった着せ替え人形も、咲が未来の自分に宛てた手紙も、そして僕への手紙も
絶対に入れたのに、無くなっていた

この宝箱の鍵を他に持っているのは、一人だけだ
咲が僕の知らないうちにここに帰ってきて、自分のものだけを取り出したのか
それとも家族や友達に頼んで、取り出してもらったのか
それすら分からなかった
でも、「二人だけの秘密」だと言ったのは咲だ
だからきっと、咲はこのタイムカプセルのことを誰にも言っていないはずだ

咲はどんな手紙を書いていたんだろう
幼い咲は将来の夢や当時の悩みを書き
未来の自分に残していたんだろうか
そして僕には
いったいどんな手紙を書いていたんだろう
咲は僕のことを
どう思っていたんだろうか

でも、僕はふと気が付いたのだ
自分が咲に宛てた手紙の文字の一部が滲んでいる
もしかすると咲自身が読んで、ここに涙を溢したのだろうか
そう思ったら、いつのまにか僕も泣いていた
咲が死んでから、初めて溢した涙だった

このタイムカプセルの存在は、二人だけの秘密だ
そして僕の咲への想いも
僕と咲
二人だけの秘密であると
今でも信じている

5/2/2024, 12:27:12 PM

【優しくしないで】

同僚の川原さんという男性がいる。
すごく仕事ができるのにそれを鼻にかけることもなく、気配り上手でみんなに好かれている人だ。
私が仕事でミスをした時も、さりげなくフォローをしてくれた。疲れている時には、そっと缶コーヒーを渡してくれた。仕事がうまくいった時は、一緒に喜んでくれた。

私がそんな川原さんを好きになるのには、あまり時間を要さなかった。川原さんへの気持ちに気付いてからは、毎日の仕事が楽しくなった。職場に行けば、川原さんに会えるから。

だけど、その幸せは長くは続かなかった。
川原さんと他の社員が話しているのをたまたま聞いてしまったから。
来週、奥さんと旅行に行くのだと、川原さんが話していたのだ。
まさか、川原さんが既婚者だったなんて。全然知らなかった。普段は結婚指輪をしていないから、独身なのだろうと思い込んでいた。

不倫なんて絶対にしたくないから、川原さんのことはこのまま諦めよう。私の想いは封印しよう。そう思ったのに。

私の気持ちなんて知らない川原さんは、暗い顔をしている私に優しく話しかけてくるんだ。
元気がないなら話聞くよ。それとも、嫌なこと忘れられるようにみんなでパーッと飲みに行く?なんて言うんだ。

お願い。これ以上、優しくしないで。
ますますあなたを好きになってしまうから。
このままだと、育ててはいけない私の恋心を殺せないから。
優しく、しないで。

5/1/2024, 12:46:46 PM

【カラフル】

美しい色彩に囲まれて
私は生きていた
青い空に緑の森、真っ赤な夕日
どれも大好きだった
この世に産まれてからずっと
そんな世界を眺められるのは
自分にとって当たり前のことだった

だけど私はある日
全ての色を無くした
部屋の中を走り回っていたら
滑って転んで勢いがつき
不運にも凹凸のある壁に両目を強打したのだ
わずか5歳の頃のことである

カラフルで自由な世界から
突然真っ黒な闇の中に閉じ込められたようだった
いつもは駄々をこねれば何でも買ってくれた両親も
私がどんなに泣いても喚いても
この闇から助け出してくれることはなく
その顔を見せてくれることもなかった
ただ、真っ暗な中で「ごめんね」と繰り返す母の涙声が
聞こえてくるだけだった

だけど、それでも人間というものは
生きていかなければならないものらしい
視覚を失って食欲を失くし
毎日ぼんやりと過ごすばかりの私に
両親は私が好きなラーメンやカレーの匂いを嗅がせ
好きだったアニメの主題歌を聴かせ
手を握ってたくさん話しかけてきた
真っ暗な中にいても
生きていればお腹が空いてくるものだと知って
私は初めてカレーを見ることなくカレーを食べた

何をしていても真っ黒に塗り潰された視界
最初はつまらなかったが
そんな中でも少しずつ楽しみを見つけた
目が見えなくても遊べる、音の出るゲームで遊んだり
指先で物を触って、ひとつひとつ確認することを覚えたり
匂いを嗅いで、なんの料理かを当ててみたり
母とともに、杖をつきながら出かけられるようにもなった

ある時、夢を見た
音を聴いて遊べるゲームの夢だ
キラッという音がどの方向から聴こえたのかを
指で指し示すのだ
右を指差すと、真っ暗な中でピンポンと正解の音が聴こえた
その瞬間、私の目の前はカラフルな世界に変わった
五歳の頃の家の中だ
寝る時に使っていた黄色い毛布
お気に入りの赤いワンピース
よく読んでいた青い表紙の絵本
そして、毎日覗き込んでいた鏡には
十歳になった私が映っていた
だけどその顔はよく分からない
実際には見たことがないからだろう

目を覚ました私は
また真っ暗な世界にいたけれど
きっと今の私は
かわいい女の子になっているだろうと想像して微笑む
私が今着ている服は
きっと綺麗な緑色をしているだろうと想像して
私が昔から使っている毛布は
黄色いけれど少し色褪せているのかな、なんて思う

私はたしかに真っ暗な世界にいるけれど
あの日から私の頭の中の世界はカラフルになった
私は私の周りのものに
自分の頭の中で好きな色を付けていくしかない
だけどそれは
自分の好きな色を付けられるとも言い換えられる
私よりずっと高いところにあるあの空は
きっと虹色だろう
目が見えなくても
私はちゃんとカラフルな世界にいる
私の毎日は輝いている

4/30/2024, 10:09:07 AM

【楽園】

俺は子どものころ
毎日ひもじい思いをしていた
時には自分よりデカい猫にいじめられることもあった
そんな中、大雨が降り
濡れた状態でメシも食えていなかった俺は
どんどん衰弱していった
ぐったりと横たわりながら
このまま死んじまうのかな、と思った時
一人の人間が俺を抱き上げた
触るな、どこへ連れていくんだ
そう思いながらも抗う力も残っておらず
人間の手の温かさを感じていた

あれから数年
俺は立派な成犬になった
今は俺を拾ってくれた人間の家で
何不自由なく暮らしている
腹を空かすことも寂しい思いをすることもなく
雨に濡れることすら稀だ
他にも同じような経緯でここに来た犬や猫たちがいて
そいつらとも上手くやっている

そういえばこの間
人間と散歩をしていたら
昔俺のことをいじめていた猫と再会した
だが、俺が大きくなったせいで随分と小さく見えた
デカい声で吠えて脅かしてやったら
尻尾を丸めて逃げていった
人間もいつもは吠えない俺が吠えたことに驚いていた

普段の俺は
縁側でのんびりと日向ぼっこをしたり
家の中でくつろいだり
幸せな時間を過ごしている
ここは俺にとって、最高の楽園だ

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