【風に乗って】
外に造られた真っ白で丸いステージの上
その中央に置かれた真っ黒なピアノ
私は指を踊らせ音楽を奏でる
音符が風に乗って運ばれていくかのように
周りにいる十人足らずのファンの元へと届けられる
彼らはうっとりと感嘆のため息をつき
演奏が終われば精一杯の拍手を送ってくれた
もっともっとたくさんの人に
私の演奏を聴いてもらいたい
私の奏でた音楽が風に乗り
いつか遠い国へと届きますように
【刹那】
私は姿を眩ました友人を探すため、一人で旅に出た。その旅の途中、雨宿りのために入った洞窟で美しい青年に出会う。
出会ったばかりのころ、彼は自分の歳を「百万五十九歳だ」と言った。
けれども彼の容姿は二十代半ばの美青年にしか見えず、私はその言葉をすぐには信じられずにいた。
彼は自分と同じ種族の仲間を探すため旅に出る予定だと言った。目指す場所が同じだった私と彼は、共に旅をすることとなった。
彼は年齢についてはよく分からないことを言っていたが優しく穏やかな性格で、私は彼を怪しむ以上に一緒に旅をする仲間ができたことに喜びを感じていた。
彼は何をするにも真面目で、いつも青く澄んだ瞳を私に向けていた。厳しい旅の途中、さらさらとした金髪を風になびかせながら時に私を励まし時に私を笑わせ、時に今までに自分が体験したことを語り、分かりやすい嘘をつくようなことは一度もなかった。
彼は自分がこれまで見てきたことの一部を私に語った。
「千年ほど前はこのあたりには人はおらず草も生えていなかったが、今はビルが立ち並んでいるなんて不思議だ」とか、「十万年前もここでは戦争があった。今、また戦争をしているなんて、人間は愚かだ」とか。
しばらく生きてきたけれど人間一人一人とはあまり深く関わってこなかったから、人間について詳しいことは分からないのだと彼は言っていた。そして、「深く関わった人間は、お前が初めてだ」とも。
彼の真面目な人柄や真剣に語る様子を考えるととても嘘をついているようには思えず、私は次第に彼が「長い時を生きてきた人間ではない存在」だということを信じるようになった。
二十一歳の人間である私は、きっと長くても百歳ちょっとで寿命を終えてしまうだろう。
対して現在百万五十九歳の彼は、彼の話を聞くに三百万歳ほどまで生きられるのだという。
私が彼よりとても早く一生を終えることは、残酷で確かな事実だった。
私たちの旅は、ちょうど一ヶ月ほどで終わってしまった。私は友人と再会し、彼は自分の仲間を見つけることができた。
「一万年後にまたここで会おう」
彼は綺麗な小花がたくさん咲いた丘の上でそう言って笑い、私に手を振った。始めは冗談なのか本気なのか分からなかった。でも、彼が以前人間について詳しく知らないと言っていたことを思い出した。そして、そうか、彼にとってはまたすぐに会おうと言っているつもりなのか、と理解した。
「そうだね」
笑顔でそう答えて手を振り返し、私と彼は別れた。
半年後に会おう、一年後に会おう、十年後に会おう……そんな風にもっと早く会う約束をすれば、本当にもう一度彼に会えただろう。だけど私は、あえて言わなかった。このまま会わない方が、彼の心に私という存在をこれ以上深く刻み込まずに済むだろうから。彼よりずっと短い時間で居なくなる私のことなんて、出来るだけ早く忘れてしまった方がいい。
三百万年という年月を生きる種族である、聡明で、細やかな気遣いができて、美しくて、何かを悟ったような瞳をした彼。そんな魅力的で神秘的な彼の生きる長い年月に刹那関われただけで、私は充分幸せだから。
【生きる意味】
生きることに
きっと明確な意味はないけれど
ひとりひとりが
自分が生きる意味を
探すために生きている
自分だけの
生きる意味を見つけるために
今日も前を向く
【善悪】
一ヶ月前
住宅街を車で走っていたら
急に犬が飛び出してきた
それを避けるため咄嗟にハンドルを切ったら
その先に居た歩行者を轢いてしまい
怪我を負わせてしまった
僕の行動は善か悪か
何度考えても僕には分からない
あの時どうすれば良かったのだろうと
今日も考え込んでいる
【流れ星に願いを】
仕事を終え、疲れ切った顔で
都会の夜空を見上げる
黒い空にはやっぱり何もない
今までも明るすぎて汚いこの街で
星を見たことはなかった
ため息をついてから
自分の故郷を思う
あのころは当たり前のように星々を眺めていた
帰宅してテレビを点けて
自然と始まったニュースを眺める
「こちらは先日◯◯県◯◯市で観測された流星群の様子です……」
自分の地元だった
画面に映し出された流星群は綺麗で綺麗で
自分はかつて
こんなものが見える素晴らしいところに住んでいたのだと
初めて知る
どうか
自分の行く末が明るいものになりますように
そしていつか
ここでも流れ星が見られるようになりますように
テレビの中の青白い流れ星に願いをこめた