【光と闇の狭間で】
美しい世界が大好きだった
まるで光が降るかのような輝いている街
静かな朝の澄んだ空気
開けた窓から差し込む陽光
この世は光に満ち溢れていると思っていた
けれど街は一瞬にして破壊され
朝から飛び回る戦闘機の音が不安を煽る
闇の中に一日中いるような苦しさが
自分や人々を支配した
あれから時が経ち
街は少しずつ以前の姿を取り戻している
人々の笑顔も戻りつつあった
だけど
二度と元に戻らないものもあった
生涯消えない悲しみもある
それでも生きる限り
人は前を向かければならない
そんな残酷な運命(さだめ)を抱えながら
光と闇の狭間で、生きていく
【距離】
「これ、ありがとな」
朝、学校に着くと、昨日隣の席の相川君に貸したノートが返ってきた。
「すっげえ助かった! 今回のテストは、伊藤のお陰でいい点取れそうだわ」
「そう? それなら良かった」
調子がいいこと言ってるだけかも知れないけど、何だか嬉しい。
「伊藤って結構、字綺麗なんだな」
「なに? もっと汚い字を書いてそうに見えた?」
「思ってねーよ。むしろ伊藤らしかったっつーか……あ、いや、今のは忘れて」
「ふふっ、何それ」
照れたように頭を掻いている相川君が面白い。私は思わず吹き出した。
「あー……あのさ。今後も、テスト前にノート貸してくれたら嬉しい。席替えしてからも」
「えー。ノートの予約?」
「そう! 伊藤が他の誰かにノート貸す前に、予約」
「しょうがないなあ……それなら、相川君にだけ貸すね」
「マジで!? よっしゃ!」
素直に喜びを表す相川君が可愛く見えて、その笑顔に胸がきゅんとした。
相川君と私の席の距離は、いつも通り。だけど心の距離は少しだけ近づいた気がしたんだ。
【泣かないで】
「大丈夫だから」
優しく言いながら頭を撫でてくるのが切なくて、余計に雫が溢れ出す。
「また会えるよ」
「そんな言葉、信じられるかよ!」
情けない泣き顔のまま叫ぶと、目の前の顔が哀しそうに歪んだ。
「信じてよ」
「……」
「また必ず会えるから。だから、泣かないで」
一度頬を撫でられて、手が離れるとその体温はすうっと消えて。
「またね」
「……ああ」
この温もりが戻ってくることなど二度とないと分かっているのに。俺は涙を拭って、あの人の最後の言葉を信じようと思ってしまった。
【冬のはじまり】
冬がはじまったなあ、と思う時は
仕事から家に帰ると
コタツがある時
奥さんが出しておいてくれたんだな、とつい微笑んでしまう
「まだコタツには早いんじゃない?」
と言いながらもスイッチを入れて、足を突っ込むと
奥さんから「たまに寒い日もあるでしょ」との答えが返ってくる
そのうち足だけが温まってきて
ああ、もう冬だな、って
【終わらせないで】
「では、そのようにお願いします」
仕事のできる上司、冴島さんはクールにそう言って話を終わらせようとする。
冴島さんは私に仕事の指示をしただけ。これ以上話す理由なんてないのは分かっているけど、私はまだ冴島さんと話していたくて。
「す……すみません」
「はい?」
私の席から立ち去ろうとしている冴島さんに声をかけると、不思議そうな顔をして振り返る。
「先日作成したポスターのレイアウトに変更点があるので、再度確認していただきたいのですが――」
適当な理由をつけて、私の席に彼を呼び戻す。冴島さんは眼鏡を指でくいっと上げると、パソコンの画面を覗き込んだ。
「ああ……なるほど。フォントの色と場所を変更したんですね」
「ええ。前回のものとどちらが良いかと思いまして」
「そうですね、両方とも色は綺麗ですし、視認性も良いと思います――」
どんな内容だっていい。少しでも長く、好きな人と話していたい。
あなたにとってはただの仕事の話だとしても。私にとっては大事な時間なんです。お願いだから、まだ終わらせないで。