【セーター】
お母さんが夜なべして編んでくれたとか、好きな人に渡したくて頑張って編んだとか。
そんな話を聞いたことがあるけど、自分にとってはどれも一昔前の話だ。
そんな僕が思うセーターと言えば、冬にゲームを買おうとショッピングアプリを開くと、トップページに並んでいる……といったものである。
寒い時期、アプリを起動してすぐ目に入るトップページに、『おすすめ商品』としてセーターが並んでいるのだ。
無地のものもあれば、縦にラインが入っているものもあり、ノルディック柄のものなんかもある。色もカラフルだ。
普段はあまりファッションに興味がない僕も、一度目に入ってしまえばしばらく眺めてしまう。
どれを着たって自分の顔や体型が変わるわけではない。自分の印象が大きく変わるってこともないだろう。
だけど、本当に何となく、これを着たら少しは気持ちが明るくなるかな、などと考える。
それこそ僕が密かに好きなあの子が、「似合ってるね」「暖かそうだね」なんて言ってくれて、そこから仲良くなれたらいいな……とか。
だから僕は、一年に一度、一枚だけセーターを買う。
まんまと『おすすめ商品』を勧められたままに買ってしまっているわけだが、誰か、或いは何かに勧められでもしなければ、服など手持ちのものや貰いもので済ませて、自分では一生買わないかも知れない。
だから、これはこれでいい機会だと思うのだ。
今年はクリーム色のセーターを注文した。正面のケーブル編みが、どこかレトロでお洒落だ。
大体3日後には、家に届くらしい。自分に似合うといいなと思いながら、僕は去年買った青いセーターを脱いで風呂に入った。
【落ちていく】
雫がぽたり、ぽたりと落ちていく。
と言っても、音は聞こえないのだけれど。
毎日毎日、この雫が落ちるのを眺めていた。
途中で飽きて目を閉じてみても、何故かうまく眠れなくて。
毎日、一時間半。
怠い体を横たえたまま、ぼうっと雫を見つめている。
今の私は、この雫に生かされているようなものだ。
この心が深く沈んで、さらに暗いところへ落ちてしまう前に。
どうか私を元気にしておくれ。
【夫婦】
若い二人は夫婦になった
二人はお互いを愛し合い
穏やかな人たちと仕事をして
生活に困らないくらいのお金を得て
休みの日には二人で出かけて
幸せに暮らしていた
けれど、夫婦には子供ができなかった
あなたとの子供が欲しいのにと妻は泣いた
それを聞いた夫は
君が居ればそれだけでいいと伝えた
若い二人は歳を取り、老夫婦となった
子供に恵まれることはなかったけれど
二人は今も人々が羨むほどに仲が良い
今日も手を繋いで散歩をしている
まだ誰も居ない早朝
優しい朝の光に照らされた道を
二人きりで歩くことが
この夫婦は大好きなのだ
今日もあなたと私だけしか歩いてませんねえ、と妻が言う
それを聞いて、君が居ればそれだけでいい、と夫は答えた
妻は笑顔で、私もあなたが居ればそれだけで幸せですよ、と返した
【どうすればいいの?】
「助けて」という言葉さえ口に出すのをやめたのは
一体いつからだろう
どうすることもできやしないと諦めたのは
一体いつからだろう
全然大丈夫じゃないのに「大丈夫」と言って笑うようになったのは
一体いつからだろう
どうすることも出来ないとただ膝を抱えて蹲るようになったのは
一体いつからだろう
助けてほしいと言っても、誰も助けてくれることはなかった
どんなに踠いても、何かが変わることはなかった
大丈夫じゃなくても、「大丈夫」と言って笑えばみんなが安心した
独りになった時、膝を抱えて蹲ってただただ自分の苦しみについて考えた
確かに、時間が解決してくれることもあるだろう
だけどその時間が流れている間
僕はずっと不安の海に溺れているのだ
そして、時間が全てのことを解決してくれるわけじゃない
時間が経つにつれて取り返しがつかなくなることだってある
こうして苦しんでいる間にも時間は流れ
僕はまた、不安の海に堕ちて沈み込んでいく
誰も救ってくれないくせに
みんな心配してるような顔をして
僕が無理に笑えば喜んで
安全で楽しい船の上から
僕が溺れていることすら知らずに
笑って手を振っている
誰かに期待するのはとっくにやめた
けれど、誰も助けてくれないなら
自分でもどうにも出来ないなら
僕は苦しみ続けるしかないの?
僕はこれから、どうすればいいの?
【宝物】
わたしの宝物は、おかあさんからもらった小さなゆびわです。
これは、おかあさんが子どものころ、おばあちゃんに買ってもらったゆびわだそうです。
おかあさんの宝物だけど、あなたにあげるねって言って、わたしにくれました。
おかあさんにもらったゆびわは、きらきらした赤い石がついていて、わっかのところも金色でつやつやしています。
このゆびわは、わたしの宝物になりました。
わたしがゆびわをつけてニコニコしていると、おかあさんもニコニコしながら見ていました。
だけどある日、このゆびわはおかあさんの宝物と言っていたのに、どうしてわたしにくれたのか、ふしぎに思いました。
わたしがおかあさんの宝物を、本当にもらってよかったのかなって思いました。
だから勇気を出して、おかあさんに聞いてみました。
そうしたらおかあさんは、
「おかあさんの宝物はあなただから、あなたのためなら、どんな宝物でもよろこんであげるよ」
と言って笑いました。
……あれから十年ほど経ち、私は高校生になりました。
今でもあの指輪は私の宝物です。
幼い子供にしか使えないようなデザインですが、ジュエリーボックスの中に大事に仕舞ってあります。
時々取り出して眺めては、母に指輪をもらった時のことを思い出しています。
確かにこの指輪は私の宝物ですが、成長するうちにもっと大事なものに気付きました。
子供の頃から大事にしていた指輪も、私が喜ぶならと渡してくれた母のことです。
母はいつも私の味方でいてくれて、いつも私のためを思って行動してくれます。
私の一番大事な宝物は、優しい母です。