蝶よ花よ、そんなことは望まないから。
せめて少しの愛情だけでも欲しかった。
「貴方との旅行はいつも晴れだったね」
そう言って彼女は、写真に映る僕を見ながら悲しそうに笑った。僕の姿は見えていないんだろうなあ。きっと見えない方がいいけれど。
マイクロバスの席で、窓の外を眺める横顔に一筋の涙を見た。流れる景色は青々として、夏の始まりを告げている。おとといまでの台風が嘘のような晴れの日。彼女の表情は晴れない。
君の笑顔が好きだった。その笑顔を作るのは、ずっと僕が良かった。
晴れた日も雨の日も、嵐の日だって、僕が君を笑顔にしたいよ。そう思ってるよ。
ずっと隣にいられなくてごめん。
今日が終わったら、笑ってね。
自分の名前が好きではなかった。字面だけ見ると可愛い名前だけれど、とても私には似合わない、いわゆる『名前負け』。苗字が特徴的というのも相まって、私を名前で呼ぶのは昔から家族だけだった。
この先もきっと、私の名前を呼ぶ人は多くない。私自身も名前で呼ばれるのはそんなに好きではない。
それでも、彼が呼んでくれるときだけは。
この名前を、私を、少しだけ好きになれる気がする。
彼女とは先週別れた。
職場のデスクはスッキリしてないと落ち着かないのに、自分の部屋は物で溢れていること。休日は髪も整えずにTシャツで過ごしていること。
外では絶対かけない、高校から使っている微妙に度の合っていないメガネ。
料理が好きで、スーパーに行くと毎回食材を買いすぎちゃうこと。だけどきっちりメニュー考えて、食材を無駄にしないこと。
職場では吸わないタバコは、リビングから出たベランダでボーッと吸ってることが多い。タールは結構高め。
私だけが知っている、職場で人気の上司の姿。私が隣で見ることはないけれど。
雲ひとつない青空、は言い過ぎだけれど、良い天気、ではある。加えてとても暑い。非常に暑い。どうせ雲があるなら、太陽を隠してくれればいいのに。そしたらこの暑さも止まらない汗も、少しはマシになると思う。