過去の記録に想い入れもなければ興味もないけれど、1件だけ、ずっと消せずにいるメッセージがある。
親友だった彼女が最期に送ってきた言葉。
『がんばれ』
単純に、私の試験を応援してくれるLINEだった。私がこのメッセージを見たのは、試験が終わって、彼女のお兄さんから彼女の事故を聞いて病院に向かう電車の中。
『試験終わった。いい感じかも!』
涙を堪えてそう返した。こんなにも、既読の小さな文字を気にしたのは後にも先にもこの時だけだった。
既読の文字は未だついていない。
一緒にいた時は楽しかったし、このまま続いてほしいと願っていたけれど。いざ終わってみると意外とあっさり次の方向を見て進んでいたりする。たぶん僕は、他人にそこまで興味がないのだ。
そんな僕だから、思い出というものが思いつかない。過去の写真もあるけれど、その時の感情が蘇ることはない。写真の中にいる笑った自分を見て、楽しかったんだろうな、と思うくらい。
寂しい、とは思わないけれど、つまらない人間だな、とは思う。嫌だった事は記憶にあるのに、楽しかったはずの事は写真でしか残っていないのだ。
『思い出』が『記憶』のことを言うのであれば、僕に『楽しかった思い出』はない。
分からない道を歩くことが怖い。完璧なナビ付きなら話は別だけれど。自分が歩く道は安全な道を選んでしまう、失敗は怖いから。
知らないことにワクワクできる人になりたい。
朝。聞き慣れたアラーム音で強制的に意識が起こされる。これまた手馴れた操作でアラームを止めたら、もう一度意識は落ちていく。そんなことを3回ほど繰り返して、やっと私は体を起こした。時間を確認。そろそろ起きないと遅刻。数秒ベットの上でボーッとして、自然と出たため息と共に、のそのそとベットを降りた。
リビングに入って、窓のカーテンを勢い良く開ける。視界を突然明るくしたその太陽の光は、機械的なアラームなんかよりスッキリと私の脳を覚醒させる。
うん、今日も良い天気。
ひとつ伸びをして、よし、と気合いを入れた。
少し遠くに海がある。私はいつも見ているだけで、行ったことはない。毎朝海岸沿いを散歩している人、ジョギングしている人、座ってぼんやり海を眺めている人、波と遊ぶ子供たち。この四角に切り取られた風景の中に、たくさんの人を見た。
私も行ってみたい、そう思うようになったのはいつからだろう。
体中に繋がれた管はそれを許さないし、自分で歩くことすら叶わないけれど。たぶんきっと、もう少しであの景色の中に行ける。そんな予感がする。
だから、もう少しだけ我慢。