少し遠くに海がある。私はいつも見ているだけで、行ったことはない。毎朝海岸沿いを散歩している人、ジョギングしている人、座ってぼんやり海を眺めている人、波と遊ぶ子供たち。この四角に切り取られた風景の中に、たくさんの人を見た。
私も行ってみたい、そう思うようになったのはいつからだろう。
体中に繋がれた管はそれを許さないし、自分で歩くことすら叶わないけれど。たぶんきっと、もう少しであの景色の中に行ける。そんな予感がする。
だから、もう少しだけ我慢。
絵の具をそのまま塗ったような青に、線を引いたようにくっきりと映える入道雲。私はこの空が好きだ。暑さなんて忘れそうになるほど、この涼しげな色が。
高校最後の夏。この教室から見られるのは今年が最後だ。来年はどこからこの空を見上げるのだろう。まだ進路は決まっていない。やりたいことも分からないけれど。この講習にどれだけ集中できるか次第だよなあ、なんて。ぼんやり考えて、私は目の前のテストに向き合うことにした。
ここは居心地が悪い。私の居場所では無い気がする。そう思いながらも私は実家を出ることが出来ない。未成年だから。結局親がいないと何も出来ないから。そんなこと言い訳だって分かっているけれど。
「将来どうしたい?」
三者面談で教師は私に聞く。なんだっていい。この親から離れられるなら。
「東京の大学行きたいです」
「そんなのダメに決まってるでしょう!」
うん、反対すると思ってたよ。いつも私の言うことは否定しかしないよね。
貴方と一緒にいるだけで、私の心は死んでいくの。貴方は知らないでしょう。
東京なんて半分冗談だけど、貴方から離れられるなら何処だっていいよ。貴方から解放されるなら。
あの日、君と会ったのはたった数分だったかな。
いつもはもっと長く会ってたのにね。
僕はまた次も会えると思ってた。
僕の勝手でごめん。君のこと知らなくてごめん。
もう一度会いたかったよ。
「1年後、あなたは死ぬわ」
そう言って、目の前にいる『わたし』は笑った。いまの私とさほど変わらない顔で、いまの私とは程遠い幸せな笑い方で。
「……そう」
「驚かないのね」
別に死にたい訳ではないけれど、生きてて楽しい事もない。ただなんとなく毎日を生きている私は、生死に執着はないと思っている。
ただ、
「どうせ死ぬなら、仕事辞めて旅行でもしようかな」
「そうね、それがいいわ」
目の前にいる『わたし』はまた笑ってから、くるりと私に背を向けた。
「どうせ死ぬなら、やりたいことやらなきゃ」
最後に弾む声でそう言って、目の前から消えた。と、同時に私は目を覚ます。視界に入ったのは見慣れた天井。
「……夢、」
私はベットから起き上がり、顔を洗って出勤準備をする。いつも通りの時間に家を出て、いつも通り駅まで歩いて、いつも通り改札を通る。その間も頭の中に蘇る、1年後の『わたし』。こんなに夢を覚えてること、今まであったっけ?
いつも通りの時刻にホームへ滑り込む電車。これに乗って駅4つ分。そこから歩いて10分。いつも通り出勤出来る。
「馬鹿みたい」
誰に言うでもなく呟いて、私は踵を返し、いつもと違う電車に乗った。
夢に出てきた『わたし』が、とても幸せそうに笑うから。言葉とは裏腹な、その表情の理由を私は知りたい。自然と顔は前を向いた。あ、私ワクワクしてる。私生きてるんだ。
私の1年後はどうなっているか分からないけれど。とりあえず生きてる今、やりたいことをやってみようと思ってしまった。
やらない後悔より、やった後悔って言うでしょ?
【1年後】に死ぬと言われたら、