【時計の針】
私の部屋にある、壁に掛かった時計は壊れている。
電池を入れ替えても10分程度しか進まずまた止まってしまう。いや、止まってしまうという表現は少し違う。秒針だけは動いている。8を少し過ぎたところを指し続けながら、懸命に時を刻んでいるのだ。カチコチカチコチと音を出し時間の流れを刻みながら、時計そのものは決して動かない。
特に気に入っている訳でもなかった。中に描かれた絵も今や色褪せているし、過去についでで貰ったものだったので金を出してもいない。時間を確認しようとふいに目を向けるたびに、ああそうだ処分しようと思った。
しかし今も私の部屋で秒針だけを動かし、音を立て続けている。
同じ時刻を示し続ける時計、クセでつい見てしまう進歩のない面倒くさがりな私。似たようなものだと思う。
配置の決まった変わらないこの部屋で、どちらも音を立てながら似たもの同士が住んでいる。
【Kiss】
刑事という仕事、または私情で動いている目的のせいなのか、疲れて重すぎる肩からなんとかコートやスーツを脱ぐ。部屋着になると、冷蔵庫からビールを出してローテーブルの近くに座った。最近ついたクセでタブレット機器に入るアプリに手が伸びた。
それはよくある動画サイトで、昨夜に途中まで観た、ある企業の新商品紹介動画がハイテンションで続きを再生し始めた。俺とは正反対の元気さである。
「次はテート食品さんの新商品!TORORIなキッス♡で〜す!思わずキスしたくなるチョコ、なんて宣伝文句に照れちゃいますね〜」
そうだった。この話題はもう関係ないと思って、途中で視聴するのをやめていたんだった。気づいた途端に動画の音声が耳に届かなくなり、ぼんやりとした目をタブレットに向けるだけになった。Kissがタイトルの歌が好きだったあいつのことをまた思い出し、歌詞はなんだっけと考えながらビール缶を掴もうとした。
「そんな恥ずかしい商品にしたくなかったのになあ。君はどう思う?」
缶ビールが大きな音を立てて倒れる。きめ細やかな泡と黄金色がローテーブルにシュワシュワと流れていく。俺の隣には、懐かしい彼女がフワフワと浮いていた。
「あれ?もしかして今気づいた?ごめん。少し前から肩に憑いてたんだけど、君が全く私が死んだ理由に気づかないからさあ。コレだよコレ。頑張って開発してKissって名前で売り出したかったんだよ。後ろから突き飛ばすなんて、酷いよね」
少し透けた彼女の唇からは、衝撃的な言葉の連続だった。
【1000年先も】
「1000年先はどうなっているんだろうな」
部活後に夕食を摂り、帰宅している途中だった。
瞬く星で覆われた空を眺めながら友人はいった。それをロマンチストなどと一笑してもよかったが、僕は少し乗っかってもいいかという気分になっていた。
「もしこれからも人類が続いていたら、科学がどのように進歩しているのか気になるね」
「理工学部の学生は勉強熱心だなあ」
友人は苦手な理系分野を思い出し眉を顰めるが、歩く足をふと緩めた。
「1000年先の人類にも、勉強をしてご飯を食べて空を眺められる時間が続いているといいよな」
「……そうだね」
その未来にするには僕たちも勉強を頑張らないとなと付け加えると、友人はうわあ〜と情けない声を出して、ヨロヨロと歩道のガードレールにぶつかっていった。僕は思わず笑った。
1000年先も、人々には優しい友人と出会える世界が続いてほしいと、夜空に願った。