「「さようなら。」」室長の号令にあわせて挨拶をする。今日もこの時がやってきた。教室から我々が解放される瞬間が。そう、放課後である。準備の多い野球部の男子や早く帰宅したい人たちが鞄をつかんで教室を飛び出していく。慌ただしい彼らを見送りながら私はのんびりと同じ部活の仲間のもとに向かう。「おっす~。」「うぃっす~。」そんな緩い感じで一人また一人と集っていく。数分後いつものメンバーがそろい、部室に向かって歩き出す。話題は専ら今日の練習のことだ。主な練習メニューの確認に始まり、今日は顧問がやってくるのかどうかにまで話は広がっていく。やはり顧問の有無はその日を大きく左右するため、全員が真剣に情報を共有していく。時間をかけて議論し部室に到着した時に出た結論は、今日は来ないだった。この結論に至ったとき、私たちは歓声をあげる。なぜならこの放課後は素晴らしいものになることが確定するからだ。気の合う仲間たちと部活にほどほどに打ち込む。なんと素晴らしい青春の一コマだろうか。というか何が悲しくて怒鳴られながらへとへとになるまで部活をやらなければならないのだろうか。しかし、現実とは無常なものでこんな日は週に一度あるかどうかである。だからこそ、私たちは今日の放課後を大切にする。明日もこうであってほしいという叶わぬ願いを抱きながら。
どんな日、どんな場所でも欠かさないルーティンがある。それがカーテンの開け閉めだ。朝起きて布団から出たらまずカーテンを開けるし、夜暗くなってきたら閉める。これは出先のホテルでだって変わらない。寝起きで回らない頭を目覚めさせるのに太陽は効率的とよく言われるがこれは本当にその通りだと思う。少なくともカーテンを開けることを徹底するようになってからは二度寝してしまうことも無くなった。それに陽の光によって室内が明るくなり気分も明るくしてくれる。
逆に夜は防犯面で役立つのがカーテンである。部屋の明かりによって外から丸見えになるのを防いでくれるため、電気を点ける際には必ず閉める。
ほんのちょっとした事ではあるが、これだけで1日の流れを感じることができるため私はこの作業が好きだ。だから私は今日もカーテンに手をかける。
なぜ、私は今泣いているのだろうか。あれだけ悲しいことには慣れてしまったはずなのに。私はこれまでの人生の中で幾度となく悲しい思いをしてきた。学生時代には散々いじめられてきたし、まともな連絡手段を持っていなかった頃に仲が良かった友人が遠くに引っ越していってしまったこともある。これ以上挙げるのも億劫なほどショックを受けてきたし、そのたびに泣くこともたびたびあった。そのかいあってか、今では多少のことでは動じなくなってきたしある程度のことであれば笑って流すことができるようにもなった。そのはずだったのに私は今涙を流してしまっている。
祖母の容体が急変したという連絡がきたのは2日前のことだった。そこからは坂を転げ落ちるようにどんどん悪くなっていき、いよいよ今夜だろうと告げられる段階まで来てしまった。その報に驚き慌てて最後に顔を見せるために、今私は病室を訪れている。一人一人がきちんとお別れを言うことができるように周りに誰もいないことも相まって様々なことを伝えることはできた。そのうちに気が付いたら涙を流していたのだ。もう彼女の声を聴くことは叶わない。そして私に与えられた時間も残り少ない。だから最後に一言、「ありがとう。」
いつからだろう、あれだけ楽しかったゲームをやっていても心を動かされることが減ってきたのは。プレイを始めた頃は本当に楽しかった。少しずつコンテンツが解放され、できることが増え、行ける場所も増え続けた。その1つ1つに心が踊りすべてのコンテンツにじっくりと向き合ってプレイしていた。時に何度も失敗しながら挑戦し続け、時に共に始めた友人と攻略方法についてああでもないこうでもないと意見を交わしあった。それだけで時間は簡単に過ぎていき、夜更かしをするようになり朝が辛くなる日が増えた。
だが今はどうだろうか。新しいコンテンツが実装されてもすぐに攻略に挑むことはせず、ある程度時間が経過して情報が出揃ってからガチガチに予習をして挑戦するようになった。共に始めた仲の良い友人たちもリアルが忙しくなっていくに連れて一人また一人と辞めて言ってしまい、残ったのは片手で数えられるほどになってしまった。
そしてその日は唐突に訪れた。『新天地での心踊る冒険』そんな触れ込みで最新のアップデートが行われた。しかし蓋を開けてみれば多少の目新しさこそあるものの、これじゃない感の強いものだった。ワクワクが強かったはずの冒険が機械的に取り組むだけの『ココロオドル冒険』になるまでにそう時間はかからなかった。だから私は冒険を止めた。
キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴り試験監督の先生が最後の教科の終了の合図をする。
長い長い勉強期間を経て、今ようやく1次試験が終了した。これまで毎日のように寝ても覚めても勉強勉強で精神をすり減らしてきた私にとってやっと訪れた解放の時だ。ここ半年は読みたい本ややりたいゲームも積んできた。どれから手をつけようかを考えるとワクワクが止まらない。
しかし、完全に試験が終わった訳では無い。この後今日の採点結果を元に通過者が発表され、その中で再び試験が行われるからだ。唯一の救いとしては2次試験は1次試験のようなその人の持っている知識を問う記述試験ではなく、その人の人柄を問うような口述試験であるところだ。つまり、ある程度話したい内容さえ固めてしまえばそれさえ忘れずにいることで対策が完璧になるところだろう。これまでのように朝から晩まで勉強漬けの日々を過ごす必要もない。
とはいえしばらくはつかの間の休息としてこの解放感に浸っていたい。ようやく1つの山を越えられたのだから。