「飛べない翼って無駄なのでしょうか」
先生にこう問うと、
「世の中に無駄なことなんてないんだよ」
なんて抽象的な答えが返ってきた。私は落胆した。
少なくとも私はそんな綿菓子のような言葉を望んでいなかったのだ。澄ました顔で先生の整った顔を眺める。
けれど落胆が顔に出ていたのかもしれない、先生は笑って言葉を紡いだ。
「望んだ言葉が返ってこないのは不満かい?」
はっとした。私は私の望んだ言葉を先生に言って欲しかっただけなのかもしれない。
「いいえ。それじゃあ会話の意味がないもの」
それが精一杯の虚勢だった。それさえも先生に見透かされそうで私は視線を逸らした。
「そう、及第点。じゃあ逆に問おう。君は僕にどんな言葉を期待していた?」
「……無駄なことは無駄だと言ってほしかった」
からからと先生は笑った。
「僕は君がそう思っていると思ったから、敢えて逆のことを言ったのさ」
先生はずるい人だった。結局答えは得られないまま、わたしは今日も飛べない翼に想いを馳せる。
この世界では飛ぶことが普通である。人々の背中からは翼が生えており、翼を羽ばたかせることで空を自由に飛び回る。
なのに、私だけは空を飛ぶことができなかった。翼はあるのに機能してくれないのだ。とんだサボり魔の翼に当たってしまったらしい。
「どうして飛ばないの?」
友人は不思議そうに私を見ていた。腹立たしいことに空を飛んで、高いところから私を見下ろす。降りてこいと言いたかったけれど、空を飛べるのが普通なのだから私は何も言えなかった。
「……気分が乗ったら飛ぶよ」
「ふうん。じゃあ、その羽は飾り?」
きっと彼女には私を馬鹿にする意図はないのだろう。どうして空は青いの、と質問する幼子と同じ表情をしているから。
「……そうだよ。とびきりおしゃれでしょう?」
全ての感情に蓋をして私は友人を笑顔で見上げた。友人もぱああと笑って言った。
「うん、素敵!」
そう言って飛んでいってしまう。取り残された私は一人しゃがみ込んだ。
飛べない翼には意味がない。でも、私は別に飛べなくてもいいと思うのだ。ただ普通になりたかった。ただそれだけなのに、それさえも叶わない。
世界は普通じゃない者に優しくなりつつある。
でも私の望んだ世界はそうじゃない。私は優しくされたいわけではないのだ。
ただ、普通になりたい。普通に生きて普通に笑って普通に馴染みたい。
翼を撫でながら私は空を歩いた。
わたしは夜の音が好きだ。
夜は静かだけれど、だからこそ耳をすませば色んな囁き声が聞こえてくる。昼間は聞こえて来なかった音たち。
例えば本の頁を繰る音。静かに今を刻む時計の秒針。家の外では風がさざめいている。それから同居している人の寝息。どこか遠くを車が通る音。もう少ししたら新聞配達のバイクが通るかもしれない。
そうして夜の音を聴きながらわたしは眠りにつく。
子供のようにわらう