窓から夏の強い日差しが差し込んでいた。
カリカリと文字を書く音が教室に響いている。
本日は期末テスト。
このテストがあれば、晴れて夏休み、となるのだ。
だが俺は、そのみんなのペンを走らす音を聞きながら、その窓の外を眺めていた。
自分はペンをもたず、ただぼんやりと道路を眺めていた。
全く解けない。
全く分からない。
こんなの習ったか?、と言いたい程に知らない問題ですねぇ。
真っ白な答案用紙を見ていると、みんなのペンを走らす音だけでも、焦りがやばい。
心だけ、逃避行させてください。
ただぼんやりと、俺は外を見ていた。
かげろうが立ち上っていた。
【心だけ、逃避行】
冒険、と聞くと、行ったことのない所へ行ったり、仲間を集めて旅をしたり、なんてことを思い浮かべると思う。
でも……
「本当に大丈夫?」
隣にいた友達が恐る恐る私に聞いてきた。
目の前には赤黒く湯気をあげた何かがある。
「私にあわせなくていいんだよ? 激辛初めてなんでしょ?」
「大丈夫!!」
私はレンゲを手に取った。
「それに、ただの辛いんじゃなくて、痺れる激辛だよ?」
「いいの! これも冒険だから!」
私は赤黒い激辛と呼ばれるメニューを口にした。
新たなことに挑戦する、それもまた、冒険だよね?
【冒険】
子どもの泣き声で目が覚めた。
またか、と、俺は布団に潜り込む。
毎朝毎朝、耳をつんざくような、この世の終わりのような、甲高い声が響いてくる。
うるさいを通り越して、恐怖さえ感じるほどだ。えーんえーん、ではなく、ギャーキャーだ。
いつもこれが三十分程近く続くが、毎朝いったい何をしているのだろう?
隣の一軒家から聞こえてくるのは確実で、カーテンの隙間から俺はその方向をみた。
そして、目を疑う光景をみた。
母親と思われる女性が、フライパンを子どもの腕に押し当てているのが、リビングと思われる窓から見えたのだ。
きっと熱々なのだろう、子どもの腕の皮が赤くめくりあがっていた。
「え、ちょ、なにやってんの!?」
俺は眠気眼をこすりながら、検索をかける。
『虐待 連絡』
迷いはなかった。すぐに記載されている連絡先に震えながら電話をする。
早く助けなければ、届いて……!
【届いて……】
田舎から新幹線を乗り継ぎたどり着いた東京は、とてもキラキラしていて、凄いの一言しか出てこなかった。
建物は高くて、一つの建物に何個もお店が入っている。田舎だったら、高い建物でも4階くらいまでで、たくさんのお店は入っていない。
夜になっても明るいままの東京。田舎だったら、自動販売機と数少ない外灯くらいで、一人で歩くは怖いくらい。
電車は十分以内に一回位来る。田舎なら一時間に一本、貨物電車通過の方がよく見るくらいだ。
すごいな、都会はすごいな。
あの日の景色は、新鮮でドキドキで。
都会に越して早10年。
あの日の気持ちはどこへやら。
高いだけの建物。眠らない治安の悪い場所。こんなに本数があっても圧ししそうな通勤ラッシュ。
あの日の景色と変わらないのに、私の気持ちは随分変わってしまっていた。
【あの日の景色】
願い事が叶うやり方、君は知ってる?
神社で初詣とかお参りする?
流れ星にお願いする?
短冊にお願いごとをする?
私の地域では八月七日が七夕だけれど、一般的には今日、七月七日が七夕みたい。
七夕の時に、短冊にお願いごとを書いて、笹の枝に結んで、それが落ちると願い事が叶うっていうもの。
でも、これって、気づいたら落ちていて、願いをこめて書いた短冊が地面に落ちて、人に踏まれて、靴の跡とか付いてることがあるんだ。
なんだか、私の願い事を踏みにじってるみたい。
雑踏で溢れかえる都会のアーケード内、私は落ちている短冊を拾い上げる。
「願いが叶ってよかったね!」
そう笑顔で呟いた。
【願い事】