喜村

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7/21/2023, 10:22:49 AM

 大きな家を持ち、ほしいものは何でも手に入れられる。
 衣食住に関しては、何も不自由がない俺に、決定的に欠けていることは、感情だ。
 今一番欲しいものは、感情だ。
 何を買っても、観ても、喜びもせず、楽しめもせず、感動もしない。
 何をされても、傷つかれても、怒りもせず、悲しみもせず、妬みもしない。
 へー、他の人はこれが嬉しいんだ、とか、こんなことで怒ったりするんだ、とか。
 俺には感情がなく、周りの人もきっと俺のことをロボットだと思っているだろう。
 感情なんていらないと言う人もいるけれど、ないはないで、共感さえできないものなのだ。
 金や物じゃなくて、感性豊かな感情をどうして神様は与えてくれなかったのだろう。
 恨みはしないが、俺は神様に愛想が尽きた。
今一番欲しい感情が、もう貰えないなら、いっそ、終わりにしよう、と。


【今一番欲しいもの】
※【幸せとは】の続き←1月のお題

7/20/2023, 12:23:24 PM

 私は、老人に拾われた。
雨が止んで、さんさんと降り注ぐ太陽の下、干からびた何かに私はなりかけていた。
 そんな時に、老人に拾われた。助けられた。
 飼い主に捨てられ、カラスとの戦いで痛み分けとなり、雨が体をうちつけ、今に至る。
 老人は、私の顔をふいてやる。目やにがついていたが、それを綺麗にふきとってくれた。
体にもたくさんのノミやらがついていたが、薬か何かでふきとってくれた。
 この人は、いい人だな、と、私は思った。
 いや、油断してはいけない。いつまた捨てられるかもわからないからだ。
 私は体を震わせて警戒した。
「よし、じゃあ、名前を決めましょうかねぇ」
 老人は、おもむろに余り紙とペンをだす。
「チビ? いや、でも大きくなるかもしれないわよねぇ。 クロ? んー、見たまんまってのも面白くないわねぇ」
 名前の候補を出しては、斜線をひいて消す。
そして、あぁ!、と、老人は思い出したかのように言う。
「雨の日に出会ったから、アメ!」
 どうやら、私の名前が決まったらしい。
私の名前は、アメ。今日、アメ、という名前をもらった。
 雨の日に出会ったが、窓からは暑いくらいに太陽の陽射しが差し込んでいた。


【私の名前】

7/19/2023, 12:50:50 PM

 隣の席のイノウエさんは、授業中にいつも廊下を見つめている。
俺も気になって、イノウエさんが見ている方面を見るものの、特に何もないしもちろん誰もいない。
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
俺は、気になりすぎてとうとう隣の席のイノウエさんに声をかける。
「あの、イノウエさん、ちょっといいかな?」
 ポニーテールのイノウエさんは、不思議そうに俺を見る。
「いつも授業中にイノウエさん廊下みてるけど、何かあるの?」
 イノウエさんは、一瞬、なんのことかと悩んでいたが、思い出したかのように、あぁ!、と言う。
「この学校の七不思議知ってる?」
「……え? 高校にも七不思議ってあるの?」
 俺が鼻で笑って聞き返すと、イノウエさんは、むっとした顔をする。
「あるよー! その七不思議の一つで、廊下をさ迷う幽霊っていうのがあってね」
 イノウエさんは、廊下を指さす。
「ちょうど、そこの廊下、授業中に通ってるんだよ」
 俺は、言葉を失う。
「……いや、誰もいないよ? だから聞いたんだけど」
「まー、普通の人は見えないもんね、幽霊」
 俺は、固まった。
 イノウエさんの視線の先には、どうやら、学校の七不思議の廊下をさ迷う幽霊があるようだ。
 廊下の蛍光灯が、パチリと鳴った。
 


【視線の先には】

7/18/2023, 11:46:07 AM

 どうして、私だけ。
そんな悲観的に思うことがあるのではないだろうか。
 隣の芝生は青いの現象で、本当は自分にも恵まれている何かがあるのに、他の人達に憧れ妬むことがあるのではないだろうか。

 私には、ある。

 どうしてこんなに頑張っているのに、評価されないのか。
 どうして毎日やってるのに、身になってくれないのか。
 どうしてあの他人より力量があるはずなのに、芽がでないのか。
 私だけ、特別に、遅れを感じて焦ってもがいて、ふと回りと比べては悲劇のヒロイン。

 だから私は、私だけ、の世界を作った。
 私だけに隔離すれば、誰とも比較しないし比較されない。
 そのかわり、評価もされなければ身になってるかもわからない。
 でも、この作品を埋もれている作品の中から拾い上げてくれて、誰か一人にでも読まれていれば、一つだけでももっと読みたい🤍が押されてくれれば、私はもう報われた気分である。

 自ら作った私だけの世界に、あなたの軌跡が残されることを祈らん。



【私だけ】

7/17/2023, 1:43:53 PM

 私には、お母さんがいない。
いや、正確には、いなくなった。
 ずっと昔には、いた気がする。
でも、それもとても曖昧なくらい遠い日の記憶。
 お父さんに聞こうにも、いざ聞こうとすると、言葉が喉につっかかって聞けず終い。
 一緒に手を繋いでお散歩をしたり、一緒にお布団に入ってねむってくれたり、一緒にフードコートで昼食をとったり。
そんな他愛のない親子をやっていた記憶は、薄れつつあるが、ある。
 どうしていなくなったのか、いつからいなくなったのか、それは私にはわからない。
 聞かなければ、永遠と謎のままである。

 今日は、私の誕生日。18歳になった。
 父がショートケーキに1と8のろうそくをさしてご馳走してくれる。
 私はゆらぐろうそくの日を眺める。
そうだ、こんな記憶も断片的にある。
「今日で成人だね、おめでとう」
「ありがとう……あのさ、お父さん……」
 遠い日の記憶を胸に、意を決して私は口を開いた。



【遠い日の記憶】

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