大きな家を持ち、ほしいものは何でも手に入れられる。
衣食住に関しては、何も不自由がない俺に、決定的に欠けていることは、感情だ。
今一番欲しいものは、感情だ。
何を買っても、観ても、喜びもせず、楽しめもせず、感動もしない。
何をされても、傷つかれても、怒りもせず、悲しみもせず、妬みもしない。
へー、他の人はこれが嬉しいんだ、とか、こんなことで怒ったりするんだ、とか。
俺には感情がなく、周りの人もきっと俺のことをロボットだと思っているだろう。
感情なんていらないと言う人もいるけれど、ないはないで、共感さえできないものなのだ。
金や物じゃなくて、感性豊かな感情をどうして神様は与えてくれなかったのだろう。
恨みはしないが、俺は神様に愛想が尽きた。
今一番欲しい感情が、もう貰えないなら、いっそ、終わりにしよう、と。
【今一番欲しいもの】
※【幸せとは】の続き←1月のお題
私は、老人に拾われた。
雨が止んで、さんさんと降り注ぐ太陽の下、干からびた何かに私はなりかけていた。
そんな時に、老人に拾われた。助けられた。
飼い主に捨てられ、カラスとの戦いで痛み分けとなり、雨が体をうちつけ、今に至る。
老人は、私の顔をふいてやる。目やにがついていたが、それを綺麗にふきとってくれた。
体にもたくさんのノミやらがついていたが、薬か何かでふきとってくれた。
この人は、いい人だな、と、私は思った。
いや、油断してはいけない。いつまた捨てられるかもわからないからだ。
私は体を震わせて警戒した。
「よし、じゃあ、名前を決めましょうかねぇ」
老人は、おもむろに余り紙とペンをだす。
「チビ? いや、でも大きくなるかもしれないわよねぇ。 クロ? んー、見たまんまってのも面白くないわねぇ」
名前の候補を出しては、斜線をひいて消す。
そして、あぁ!、と、老人は思い出したかのように言う。
「雨の日に出会ったから、アメ!」
どうやら、私の名前が決まったらしい。
私の名前は、アメ。今日、アメ、という名前をもらった。
雨の日に出会ったが、窓からは暑いくらいに太陽の陽射しが差し込んでいた。
【私の名前】
隣の席のイノウエさんは、授業中にいつも廊下を見つめている。
俺も気になって、イノウエさんが見ている方面を見るものの、特に何もないしもちろん誰もいない。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
俺は、気になりすぎてとうとう隣の席のイノウエさんに声をかける。
「あの、イノウエさん、ちょっといいかな?」
ポニーテールのイノウエさんは、不思議そうに俺を見る。
「いつも授業中にイノウエさん廊下みてるけど、何かあるの?」
イノウエさんは、一瞬、なんのことかと悩んでいたが、思い出したかのように、あぁ!、と言う。
「この学校の七不思議知ってる?」
「……え? 高校にも七不思議ってあるの?」
俺が鼻で笑って聞き返すと、イノウエさんは、むっとした顔をする。
「あるよー! その七不思議の一つで、廊下をさ迷う幽霊っていうのがあってね」
イノウエさんは、廊下を指さす。
「ちょうど、そこの廊下、授業中に通ってるんだよ」
俺は、言葉を失う。
「……いや、誰もいないよ? だから聞いたんだけど」
「まー、普通の人は見えないもんね、幽霊」
俺は、固まった。
イノウエさんの視線の先には、どうやら、学校の七不思議の廊下をさ迷う幽霊があるようだ。
廊下の蛍光灯が、パチリと鳴った。
【視線の先には】
どうして、私だけ。
そんな悲観的に思うことがあるのではないだろうか。
隣の芝生は青いの現象で、本当は自分にも恵まれている何かがあるのに、他の人達に憧れ妬むことがあるのではないだろうか。
私には、ある。
どうしてこんなに頑張っているのに、評価されないのか。
どうして毎日やってるのに、身になってくれないのか。
どうしてあの他人より力量があるはずなのに、芽がでないのか。
私だけ、特別に、遅れを感じて焦ってもがいて、ふと回りと比べては悲劇のヒロイン。
だから私は、私だけ、の世界を作った。
私だけに隔離すれば、誰とも比較しないし比較されない。
そのかわり、評価もされなければ身になってるかもわからない。
でも、この作品を埋もれている作品の中から拾い上げてくれて、誰か一人にでも読まれていれば、一つだけでももっと読みたい🤍が押されてくれれば、私はもう報われた気分である。
自ら作った私だけの世界に、あなたの軌跡が残されることを祈らん。
【私だけ】
私には、お母さんがいない。
いや、正確には、いなくなった。
ずっと昔には、いた気がする。
でも、それもとても曖昧なくらい遠い日の記憶。
お父さんに聞こうにも、いざ聞こうとすると、言葉が喉につっかかって聞けず終い。
一緒に手を繋いでお散歩をしたり、一緒にお布団に入ってねむってくれたり、一緒にフードコートで昼食をとったり。
そんな他愛のない親子をやっていた記憶は、薄れつつあるが、ある。
どうしていなくなったのか、いつからいなくなったのか、それは私にはわからない。
聞かなければ、永遠と謎のままである。
今日は、私の誕生日。18歳になった。
父がショートケーキに1と8のろうそくをさしてご馳走してくれる。
私はゆらぐろうそくの日を眺める。
そうだ、こんな記憶も断片的にある。
「今日で成人だね、おめでとう」
「ありがとう……あのさ、お父さん……」
遠い日の記憶を胸に、意を決して私は口を開いた。
【遠い日の記憶】