去年の今頃は、まだ流行り病が流行してて、いつまでマスク生活をしなくちゃいけないのだろう、そう思っていた。
一年前、その一年前と今では、随分と対応が変わってきた。
何年前かわからなかったけど、マスクをしていなかったあの時代にまで、今年は戻ってきた。
もうあの一年前には戻りたくないな。
経営が難しくなった職業も多かったし、あれこれ試行錯誤を重ねた日々。
今の一年は、来年振り返った時にどう思うだろうか。
今みたいに、一年前はこうだったね、と笑いながら話せているだろうか。
話せていれればいいな。
【一年前】
俺はまだ、好きな本に巡りあえていない。
表紙を見て、気になった本でも、読んでみると表紙負けというか、さほどでもなかったり。
もくじを見て、このタイトル面白そうと思っても、なんだかしっくりこなかったり。
読書の秋とは言うけれど、この梅雨の時期もまた、俺にとっては読書の季節である。
好きな本に巡りあってないだけであり、読書が嫌いな訳ではない。逆に人より読んでいる方だ。
こんなに読んでいるのに、心の底からグッとくる本と巡りあえないのだから……
俺は、本を書いてみた。俺好みの俺の本。
好きな本がないなら、好きな本を作ればいい。
雨音をBGMに、筆が進む。
これが俺の好きな本だ。
【好きな本】
今日の天気は雨のち曇り、時々晴れ。
いやいやどんな天気だよ。一体メインはどれなのよ。
俺は歯磨きしながら天気予報をみていた。
窓からは光が射しているように見えるが、雨音も聞こえてくる。
こういうあいまいな空の時は傘を折り畳みにするか、普通のにするか悩む。
普通ので行くともし晴れたら忘れそう、雨が強かったら折り畳みだと処理含めて面倒だ。
「やばー! 遅刻するー! お兄ちゃんよけて!」
思い切り妹に背中を押されて、歯磨き中の口の中のものが出た。
「やだもー! 汚い!」
「お前が押したんだろ!」
「今日晴れ?」
「雨のち曇りで時々晴れだって」
「何そのどれきてもアタリですみたいな天気」
妹の切れのあるツッコミにまた吹き出した。
あいまいな空だが、それもまた思春期の妹とのトークのネタになるので、まぁいいか、と俺は考えた。
【あいまいな空】
梅雨の時期になると、僕の活動時期になる。
雨が降ると体をだして、ゆっくりゆっくり進む。
僕の名前はカタツムリ。
たまに晴れた時は人間に水をかけられたり、動いていると顔をツンツンしていじめてくる。
だから僕は、人間が嫌いだ。
そんな僕の隠れ家は、あじさい。
どうやら、人間はあじさいの葉っぱを食べると毒でやられてしまうらしい。
鑑賞として人間はよってくるけど、滅多に触ったりはしない。
だから僕は、あじさいの葉っぱを闊歩する。
表も堂々と行く。葉っぱが不安定だからか、あまり触ってきたり邪魔する輩はいない。
雨が降れば、葉っぱの裏で雨宿りもする。
葉っぱばかりお世話になっているけれども、もちろん、あじさいの花も綺麗だ。
人間はガクのことを花びらだと勘違いしているみたいだけど、本当はこの小さな粒々なんだよ。
この季節は雨だから人間の行動も少なくなる。
僕とあじさいの季節は、梅雨が始まると同時にスタートするのだ。
君は花を持ってきて、笑顔で僕に聞く。
「花占いって知ってる?」
六枚しか花びらがない白い花を押し付けてきた。
「……好き、嫌い、って言いながら、花びら摘まむやつ?」
「そうそう!」
君はにこにこしていたが、僕は小さくため息をつく。
「数えられるやつだと、逆算して好きで終わるか 嫌いで終わるかわかっちゃうんだよ?」
「そうなの?」
君はつまらなそうに口を尖らせたが、何かを思い出したかのように、それじゃあ、と、次の花を持ってきた。
「これなら、わからないでしょ?」
僕は唖然とした。持ってきたのは、あじさいだった。
「……これ、どこが花びらか分かっていってる?」
君ははにかみながら、さあ?、と悪びれずに答えた。
こういう君の適当なところが、嫌いで好きなんだよな、と、僕は笑った。
紫色のあじさいも、小さな花を咲かせて、まさに、お花が笑った感じがした。
【好き嫌い】