初めて会った時は「可愛い」と言って、すぐに僕を拾ってくれたね。
汚い身体なのに、躊躇いなく拾い上げてくれた。
目やにがついていて、よく見えないけれど、震える身体に温かな温もりを感じた。
家に着いたらしいけれど、とんでもなく怒られているのはわかる。
「汚い!」「戻してきなさい!」「うちでは飼えないわよ!」
拾い上げてくれたその腕は、小さく震えていた。
しばらくすると、たぶん、さっきまでいた場所に戻ってきたらしい。
「……ごめんね」
温もりが離れていった。
置いていかないで、と必死に鳴いた。
「ごめんね……!」
優しく頭を撫でてくれる。
ずっと撫でてほしいよ。いかないでよ。
『みゃー……』
元気な声が出ない、これが精一杯のお願い。
「ごめんね、ごめんね……」
声の主はそれだけ何度も呟いて、頭を撫でることをやめた。
かわりに、温かい雨が数滴ポタポタとふってきた。温かいと感じたのは、自分の身体が冷えていたからだろうか。
数滴で雨は止み、ごめんねも止まった。
もう鳴く力もなくなった。声の主はどんな人だったんだろうな。
しばらくすると、冷たい雨がザアザアと降って、身体を更に冷たくした。
【ごめんね】
私は彼氏に隠していることがある。
学生時代から自傷癖があるのだ。
だから、夏は嫌いだ。
冬は萌え袖とかにして隠せるが、半袖にならざるを得ない時期は、本当に嫌いだ。
本日は大好きな彼氏とのデート。
しかし最高気温が今日は三十度を越えるらしい。
まだ五月だというのに。
私は気温よりも傷を隠すことを優先し、下半身は露出度高めだが、上は長袖である。
「暑くない?」
彼氏は問う。
「ううん、私、寒がりだからちょうどいいの」
嘘。本当はめちゃくちゃ暑い。
これがどこまで隠し通せるかわからないけれども。
いつか半袖を来て、傷を見せても、それを全て受け入れてくれる人が現れてくれるといいな。
付き合ってすぐには、さすがに見せられないよ。知ってほしいけど、嫌われたくないよ。
汗で傷口が痒くなった。
【半袖】
暑い。ここは灼熱地獄だろうか。
汗が吹き出る。いち早くこの場所から出たい所だが、まだその時ではない。
しばらくすると、どこからともなく熱風が吹き荒れる。
痛い。暑い。何故熱風が。どんどん息もしにくくなってきた。
死ぬかもしれない、いや、死んでしまってここは地獄なのかもしれない。
もうだめだ。
俺は部屋から出た。
すぐさま頭から水をかぶりたいのを我慢し、一度掛け湯をして汗を流し、水風呂に浸かる。
まだ天国には程遠い。
それから野外のイスに座り、目をつむる。
ようやく、天国にたどり着いたようだ。
そう、ここはサウナ。
何度もの天国と地獄を繰り返し、見えてくるのがこのととのいである。
こんな手軽に天国と地獄両方を味わえるのは、サウナだけではなかろうか。
【天国と地獄】
満点の星空の中、俺は田舎道を徘徊していた。
五月下旬、寒くも暑くもないこの気候、夜の散歩にはうってつけだ。
強いていえば、田舎すぎる故の、蛙の大合唱が少々鬱陶しいくらいだが、まぁ、それも風情と捉えておこう。
スマホはいじらず、目的地もなく、ただなんとなくの夜の散歩。
たまに夜空を見上げると、小さな星々が瞬いている。
街灯は少なく、街灯よりも自販機の方が多くて明るい。
小さい星も霞んで見えるのは、大きな月の周り。
星に願いをと人はいうけど、こっちの方が願い叶いそうじゃね?、と俺は思う。
流れ星を探すより、こっちのエネルギッシュの月に願いをしようか。
女の人は月からパワーを奪われるというけど、俺は足を止める。
「明日のアルバイトの面接、合格しますように」
さて、そろそろ帰るか。
俺はまた歩を進めた。
蛙はまだゲコゲコと大合唱をして、俺を見送ってくれた。
【月に願いを】
私の主は、創作家である。
特に、恋愛小説を書いている。
私は、今、主の書いている小説のヒロイン。
ようやく、主人公の男の子との喧嘩は、私から謝って仲直りをしたのだが、今、新たな章へと突入した。
辺りは大雨で、息がしにくいくらいだ。圧迫感のある雨。
私は自室でその雨を眺めていた。雨を眺めて早二週間となる。
そう、作者の主は、また私達をおいて小説を書く手を止めたのである。
どうせなら、仲直りした段階でハッピーエンドでよかったじゃないか。
雨が降っていて、しかもどしゃ降りで、これは絶対に、また新たな試練が始まるやつではないか。その書き始めだけ記して、消えてしまった主。
主がまたこの物語を書き続けなければ、私はこの雨を永遠と眺めていなければいけない。
いつまでも降り止まない、雨。
この物語が進んだ時、雨は止むのか、雷がなり始めるか。
物語の続きを私はここで待ってます。
【いつまでも降り止まない、雨】
※【終わらせないで】の続き(11/29のお題の続き)