今日大好きな君に、伝えたい。
明日は大嫌いな君になるかもしれないから。
私の中には、何人かの人格が住み着いている。
解離性同一症と言われる、多重人格障害の持ち主。
今日は本体の私だけど、明日も君のことを大好きな私とは限らない。
もしかしたら、私のことを嫌いな私が、自分自身を殺そうとして、この世から消えてしまうかもしれない。
もしかしたら、もう一生私が戻ってこれないかもしれない。
もしかしたら、君のことが憎たらしくて手にかけてしまう私がでてくるかもしれない。
いつかくるかもしれない、もしかしたらを考えていても仕方がない。
今、私が私でいる間にやらなければいけないことは、一つだけ明確にわかっている。
大好きな君に、大好き、と伝えること。
言わないで後悔するより、見えない不安と戦ったりするより、今できることを今しよう。
「大好きなんだ、君のこと」
【大好きな君に】
三月二日、明日はひなまつり。小学校低学年の女子達はうきうきしていた。
「りかちゃん、雛人形かざったー?」
給食時間中、おかっぱ姿の女の子が、髪の長いりかちゃんに問う。
「もう二月の最初の方に飾ったよ!」
「はや!」
「早く飾らないと結婚早くできないらしいよ!」
「そうなんだ!」
この時期の小学生の夢は、お嫁さんが多い時期だろうか、女子トークの入り口のようなやりとりである。
三月三日、ひなまつり当日。
豪華なご飯を食べ、雛人形を飾って、小さな女の子がいる家庭は過ごしているだろう。
翌日、四日。りかちゃんの方から声をかけてきた。
「雛人形もう片付けたー?」
「え? まだだよ?」
「早く片付けないと、結婚遅くなるみたいだよ!」
「そうなの!?」
「早く出して早く片付ける、が、早くお嫁さんになる言い伝えだって」
「そうなんだ!」
小さいながらも女子は女子。
ひなまつり一つでも、女子トークには花が咲くのであった。
【ひなまつり】
三月となり、春一番が吹き始めた今日この頃。
俺は高校を卒業した。
しかし、四月に大学に入学する訳でもなく、どこかの会社に入社する訳でもない。
俺はこの春、ニートになった。
わかってはいる、これが良いことではないことは。
親のすねをかじりまくる訳にもいかない、でも、進学する余裕もなく、就活の波には乗れずにこうなった。
絶望、とはいわないが、なんだか悪いな~、という焦りはあった。
親も最初こそは口うるさく就活就活言っていたが、とうとう何も言わなくなり、いよいよ見放されたような気がする。
たった1つの希望として、俺は趣味で創作活動をしている。
絵を描いたり、漫画を描いたり、小説を書いたり、音楽を作ったり。
下手の横好きで、といったらそれまでだが、なんやかんやフォロワーも千単位はいる。
今はアップして見てもらうことしかできないけれど、これは大きな1つの希望だと、俺は考えているのだ。
【たった1つの希望】
あれがしたいな、と思うだけ。
これがほしいな、と思うだけ。
思うだけであって、行動にはうつさない。
だってそれを求めて動いてしまっては、人の行いに背いてしまうから。
よく、欲望のままに動いてしまっては野生動物、みたいなことをいうけれど、欲求を満たしたいから動くことは、そんなに野蛮なことなのだろうか。
頭を使わず考えもせずに動くから、という意味でその例えを使うのだろうけれども。
自分は思うだけ。
でもその思いは、雪のように降り積もって溶けるわけでもなく、地層のように永遠と積み重なって行く。
その思いは風化することもなく、逆に脚色されることもあり。
この欲望は、いつか爆発してしまいそうだ。
自分は凶器を片手にゆっくりと家をあとにした。
【欲望】
「一人で大丈夫?」
「うん! 一人で行ける!」
温かい陽気の二月の最後、小さい女の子は、リュックを背負い、靴をはく。見たところ、五歳になったあたりだろうか。
「シチューのルー買う!」
「そう、シチューのルーならなんでもいいからね」
「わかったー!」
そう言葉を交わすと、女の子は小走りに行く。
一度振り返り、大きな声で「いってきまーす!」と叫んだ。
すぐそこのスーパーなのだろう、母親は姿がみえなくなると家へと戻った。
時はすぎ、あれから20年が経った。
「行っちゃうのね……」
母親は大きくなった彼女を見て涙ぐむ。
「年に一、二回くらいは顔を出すよ」
彼女は大荷物を引っ越し業者に頼み、自身はトランクを片手に持っていた。
「そうね、ずいぶん遠くの街へ行っちゃうからねぇ……」
よし、と呟くと、彼女は歩を進める。一度振り返り、か細い声で「いってきます……」と呟いた。
母親は姿がみえなくなっても、しばらく小さく手を振っていた。
二月の最後、とても良い日和であった。新たな門出にはとてもふさわしい程に。
【遠くの街へ】