喜村

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2/28/2023, 11:30:41 AM

「一人で大丈夫?」
「うん! 一人で行ける!」
 温かい陽気の二月の最後、小さい女の子は、リュックを背負い、靴をはく。見たところ、五歳になったあたりだろうか。
「シチューのルー買う!」
「そう、シチューのルーならなんでもいいからね」
「わかったー!」
 そう言葉を交わすと、女の子は小走りに行く。
一度振り返り、大きな声で「いってきまーす!」と叫んだ。
 すぐそこのスーパーなのだろう、母親は姿がみえなくなると家へと戻った。

 時はすぎ、あれから20年が経った。
「行っちゃうのね……」
 母親は大きくなった彼女を見て涙ぐむ。
「年に一、二回くらいは顔を出すよ」
 彼女は大荷物を引っ越し業者に頼み、自身はトランクを片手に持っていた。
「そうね、ずいぶん遠くの街へ行っちゃうからねぇ……」
 よし、と呟くと、彼女は歩を進める。一度振り返り、か細い声で「いってきます……」と呟いた。
 母親は姿がみえなくなっても、しばらく小さく手を振っていた。
 二月の最後、とても良い日和であった。新たな門出にはとてもふさわしい程に。



【遠くの街へ】

2/25/2023, 11:47:26 AM

 人の心は空模様と言う。
めちゃくちゃ明るくて元気な時は、晴れ。
残業続きで疲れていたり眠い時は、曇り。
愛犬が死んだり恋人と別れた時は、雨。
何も感じない虚無感強めな時なら、雪。
激怒して制止も聞かなければ、雷雨や台風。
と、いった具合だろうか。

 では、今の彼女の空模様を述べよ。
現在、そんな問題を出されている気分だ。
 一緒にデートにきたはずなのに、いつものような笑顔はない。
だからといって、なんだか怒っているという訳でもなさそうだ。
何か言いたげだが、気乗りしていないからか言えずにいる、みたいな……物憂げな空、といったところか。
それは俺にも伝染して、こちらまで物憂げな空模様である。

「えっと……なんか秘密にしてることある?」
 恐る恐る俺から切り出す。
 彼女は少し迷いがあったようだが、照れながら口を開く。
「赤ちゃん、できたみたい」
 物憂げな空は晴れ渡った。


【物憂げな空】

2/24/2023, 12:59:42 PM

 小学一年生の頃、アサガオの種を植えた。
土の中からいつ芽を出すのか、じっと見つめる。
水が地面に染み渡る。美味しそうにごくごく飲んでいる。
 数日経つと、若干、芽のようなものが、ぐねっと曲がって出てきた。その様があまりにも不格好で、周りや上の土を掻き分けたい衝動にかられるも、そこは自然に任せなさいと制止をされた。

 そうしてようやく、双葉がみえた。
少し白くて、でも双葉は緑色。
自分が毎日水をあげて観察していた小さな命。
枯れないように壊さないように、これからも育てようと思った命だ。

 それから何十年と経ち、私はお腹に小さな命を宿した。
小学一年生の時のアサガオの時も、神秘的だな、すごいな、と思ったけれど、命は本当に奇跡的で神秘的で魅力的なのだと、子どもの時でも大人になった今でも思う。
 命は大なり小なり本当にすごいものなのだ。


【小さな命】

2/23/2023, 12:31:49 PM

 なんて薄っぺらくて、なんてつまらない言葉なんだろう?
愛してる、好きだ、なんて、口に出して言うことになんの意味があるのだろう。
かっこよく英語でLove you?尚更胡散臭さが増す。

 私は知っている、あなたはいろんな女の子に、そんな浮いた言葉を使っていることを。
私だけじゃなく、色んな女の子を手玉にとって、愛してるよ、好きだよ、I LOVE YOU、なんて文面を送っていることを。

 色んな女の子にじゃなく、その言葉は私だけにかけてほしいのに。私だけの人になってほしいのに。
 あなたのLoveは軽すぎた。
 明日は金曜日、資金調達も下調べも完了した。やっとこれで会いにいける。
本当の愛を届けに行くよ。言葉だけじゃない、文面だけじゃない好きを。
「ふふ、Love you……」
 私はスマートフォンで彼のプロフィール画面を見て呟いた。



【Love you】
※【溢れる気持ち】の続き

2/22/2023, 10:53:30 AM

 元気で明るくて、それでもって周りを熱く盛り上げるようなそんな存在。それがノドカのパパであり、私の旦那。
 よくいう、太陽のような存在だった。

 太陽はいきなり雲に覆われ、見えなくなってしまった。
 それまでその温かさになれてしまい、太陽がいないとこんなにも寒いものなのかと思い知らされた。
寒くなると心細くなり、自暴自棄になってしまう。梅雨時期の憂鬱に似ている。
やはり彼は、私の太陽だったのだ。

「ママ~?」
 ノドカが不思議そうに声をかける。
私は一人でこの幼子を果たして育てられるのかも不安である。
「なーに?」
「にこにこ!」
 ノドカは無邪気に笑ってみせる。
私の不安を察したのか、笑顔をふりまいてくれる。
あぁ、私には太陽がもう一つあったようだ。

 旦那は雲に陰ったのではなく、海に沈んでしまったようだ。もうその日の出を拝むことはない。
 でも新たに、ノドカという太陽のような存在が上ってきた。この太陽は手におえないくらいの暴風雨の時もあるけれど、ね。



【太陽のような】
※【勿忘草】の続き

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