--心があるのは動物だけだと思ってる?
動かない体で私は毎日毎日なんとなく過ごしていた。
そんなある日、晴れて綺麗な空気の中、朝日に照らされて本堂の中、君をみた。
何か思い悩んでいる君は、ここ最近、毎日のように私の元へと来る。
きちんと礼儀正しいお参りの仕方をして、それなりの金額を入れて帰って行くその後ろ姿はいつも不安そうで。
君の願い、叶えてやろう。
君の心を読み解いた。
神仏の心で君の心に寄り添う。
そうか、子どもが受験なのだね。親心子知らず、という感じだ。
子どもも一生懸命勉強して親を喜ばそうとしてるし、親もこんなに毎日参っている。
きっと、大丈夫だろう。
受験が終わり、結果がでたのだろうか、君は久々にお参りに来てくれた。
《お陰さまで合格しました、ありがとうございます》
私の心も通じたようだ。お礼参りにきてくれたのだろう。
澄んだ空気の中、軽やかな足取りで君は踵を返し、家路へとついた。
【心と心】
寒さも日に日に強くなる12月。
外は明らかに寒く家はぬくぬくと温かい、それは人でなくても分かるはずなのに。
「チャコ、遅いなぁ……」
時計を見ると21時をすぎていた。
チャコ--私の家の飼い猫は、家と外を自由に行き来している。
例年、冬場は寒いからか、お散歩程度しか出掛けないのに、ここ数日は朝早くから夜遅くまで帰ってこない。
不安に感じていると、扉がガラガラと音を立てた。きっとチャコが帰ってきた音。
いつものように、台所のエサを食べて、二階へと階段を上る軋み音がした。
エサを片付けに台所に向かう。
(……あれ?)
エサがほとんど食べられていない。
なんだかおかしい。私もようやく気づいた。
猫は心配をかけないように、何でもないふりをすると聞いたことがある。
そういえば、階段を上る音にいつもの軽快さを感じなかった。
(ペットキャリーバッグ、どこやったっけ……)
私はガサゴソと探し物を始めた。
【何でもないふり】
友達何人できるかな?、は聞く言葉だけど、仲間は?、と聞くことはない。
仲間って、一体なんなのだろう。友達とは違うのだろうか。
「鈴木さん、話聞いてますか?」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、メガネをかけた上司に名指しされた。
「あ! え……す、すみません……」
「全く……今回のプロジェクトはチームですので、きちんと聞いておくように」
チーム……友達を英語でいえばフレンドのように、仲間を英語でいえばチーム、とでも言うのだろうか。
だとしたら、私はこんな小言を言う人の仲間なのだろうか。
「すみません……」
「謝らなくていいので、良い案を出してください」
「はい……」
そういえば、学生時代も隣の席の女の子に、ごめんねじゃなくて、とか言われたな。
私は無意識に謝り癖がついていたみたいだ。
学生時代は、高校時代の友達は一生もの、とか言われたけど、社会人では仲間が大切なものなのだろうか、と、長々と演説をしている上司を見ながら考えてみるのであった。
【仲間】
今日はなんだか、一段と帰り道が冷えて感じた。12月に入って一週間。日本ではところどころで雪も降り始める季節になった。
制服を身にまとっている一組のカップルは、この寒い日にも関わらず、微妙な距離感を保っていた。
(手、繋ぎたいなぁ……)
男の子の方が一歩前を歩き、後ろで女の子はそうぼんやりと思っていた。
吐く息が白く宙を舞う。
「そんなにため息ついて、なんだよ」
男の子は、後方を見ずに問いかける。
「さっきから後ろで、はー、ってため息ついてるだろ」
怪訝そうな口振りの男の子。しかし女の子は、すぐさま、違う!、と否定する。
「ため息じゃなくて、寒いから、息をはーって手にやってただけ!」
「……そうなの?」
「こっち見てくれないからわかんないんだよ!」
今度は女の子の方が、泣きそうな声で訴えた。
その声に思わず、男の子は振り返る。
「やっと、こっち見てくれた……」
女の子は歩みを止めて、男の子を見つめる。男の子もそれにならう。
「私達、付き合って一週間だよね? なのに、どうしてこんなに素っ気ないの?」
違う!、と、今度は男の子が否定した。
「素っ気ないんじゃなくて、その……恥ずかしい……恥ずかしくて、顔が見れないだけ……」
最後の方はゴニョゴニョと男の子は言った。
「……そうなの?」
「不安にさせてごめん」
女の子ははにかんだ。
男の子も女の子も、頬が赤いのは寒いからなのか照れているのかは、本人達にしかわからない。
「じゃあ、仲直り、しよ?」女の子は男の子に手を差しのべる「手を繋いで?」
今にも雪が降りだしそうな空から、温かな太陽が顔を覗かせ、二人の様子を見守っていた。
【手を繋いで】
隣の席の鈴木さん。とっても可愛くて、女の私でも見惚れてしまう。
「鈴木さん、さっき先生が呼んでたよ」
私が彼女にそう声をかけると、くりくりの丸くて大きな瞳に私が映る。
「ほんと!? ごめんね!」
こういう時は、ごめんね、ではないと思う。いや、しかし、手間をかけさせてごめんね、の意味があるのだろうか。
そんな事を考えていると、鈴木さんは先生に会いに行こうと立ち上がった。
立ち上がったと同時に、机の角においていた筆箱が机から滑り落ち、盛大に床へと散らばる。
「わー!? ごめんねー!」
こういう時の、ごめんね、は理解できる。
だがやはり、私も一緒にペンや消しゴムなどを拾って渡してあげると、
「ほんとごめんね~!」
この、ごめんね、も最初の、手間をかけさせてごめんね、なのか。だとしても……私は意を決して口を開く。
「鈴木さんってさ、ごめんね、が口癖なの?」
いきなりの私の問いに、え?、と真顔でこちらを見つめる鈴木さん。
「こういう時は、感謝なんだから、ごめんね、じゃなくて、ありがとう、だよ」
理解したかのように、鈴木さんも、あぁ!、と続ける。
「そうだよね! ありがとう、ごめんね」
しばしの間があった。
だが、ほぼ同時に次の瞬間、二人で吹き出す。
これが、初めて可愛いと高嶺の花の存在だった鈴木さんとのまともな会話。
教室では、始業を知らせるチャイムが鳴った。
【ありがとう、ごめんね】