時を繋ぐ糸
押入れへ隠れ、戸の外に糸電話の一方を投げる。
真っ暗な中、戸の隙間から光が漏れた。
糸電話の糸がピンと張られる。
「もしもし」
「久しぶり、元気だった?」
糸電話特有のくぐもった声がいい。
そちらはいつ? あなたは本物? 頭をかすめる疑問にノーを突きつける。
なんだっていい。声さえ聞ければ。
戸を開けてしまうと、糸がたわんでしまうのだから。
遠い足音
いつも隣にいたはずなのに。
私のせいだよね、ごめん。
気まずい思いをさせるくらいなら、
何も言わなければよかった。
『ありがとう』
現地での言葉はわからないけれど、どうか伝わって。
身ぶり表情。手を合わせる。お辞儀。
習慣が違うのはわかっている。
それでも。
『そっと伝えたい』
そっと伝えたい。
君の肩にカマキリが乗っていること。
いい写真になりそうだから、カメラを構えて。
『未来の記憶』
「未来の記憶をお売りしますよ」
と仮面の人が言った。
「それは有益なんでしょうね」
尋ねると、仮面の人は首をかしげた。
「それは人によります」
ともあれ、買ってみることにした。
後で話のネタになると思えば、金額はそう高く感じなかった。
記憶の種なるものをひとつまみし、口へ放り投げる。ほんの少し苦味を感じた。
肝心の記憶といえば、平凡なものだった。病院らしきベッドで横たわる自分。しわくちゃな手を握りしめている誰か。遠くなっていく意識。
意識が戻ってきて、仮面の人に感想を言った。特に予想外の面白いところはなかったと。
「未来の記憶は推理小説でいえば、犯人がわかるところを読むようなこと。恋愛映画でいえば、二人が結ばれているシーンを観るようなもの。普通の人は最期のシーンになるんでしょうねぇ」
人生は物語のようなものではない。劇的な人生でなかったことを、むしろ良かったと思うべきなのだろう。
平凡な人生の幕引きに少し安堵した。