待ってて
「ママちょっと忙しいから待っててね」
家事をしている時や、
ちょっとトイレに行く時、
娘によくいう言葉だ。
もしかしたら、「ちょっと待って」は
私が娘に1番多く発している言葉かもしれない。
そのたびに娘は
悲しんだり怒ったり、
時には泣き出してしまったりする。
可哀想だと思いながらも、
忙しさに忙殺されて、
困ったなぁと思ってしまう。
自分一人の時間というのが
中々確保できずに、
イライラしてしまうこともある。
でも、きっとこんなにずっと
ママを求めてくれる時間は長くはない。
分かっていながらも、
今日も娘に「ちょっと待って」
いつか「ちょっと待って」が
大人しく待てるようになる頃、
それはそれで寂しさを感じたりして、
ずっとついてきてくれた日を
懐かしく感じたりするのだろうな。
なんて、ちょっとした親の身勝手だったりする。
この場所で
私が生まれた場所は
とても田舎で、
自然がたくさんある町
小さい時は、家族みんなでよく散歩に行って、
野の草花を摘んだり、
川で小魚を捕まえたりした。
大学は県外に出たけれど、
私はまたこの場所に帰ってきた。
大好きな祖母が私を待っていてくれたから。
結婚して子供もできて、
今でも私はこの場所に住んでいる。
私はこの場所で生まれて、
この場所で生きていき、
この場所で終わりを迎えるのだろう。
誰もがみんな
隣の芝生は青く見えがちだ
私はどうしても時たま人を羨ましく思う
私には無いようなキラキラしたものを
他の人の中に見てしまうと
どうしようもなく妬ましく思ってしまう
そして嫉妬している自分が
これまたどうしようもなく嫌いだったりする
この堂々巡りは、困ったものだ
でも、きっと
キラキラした人の人生にも
辛かったことや苦しかったことがある
人は本当の弱みを曝け出せるのは
ほんの一握りの心を許した存在のみ
赤の他人の目にはどうしようもなく輝いて見えても、
実際はそうではないことも多いのだと思う
私自身家族以外に弱みを見せたくないし、
友達や同僚の前ではポジティブで
どこまでも幸せいっぱいであるかのように強がってしまう
それゆえに人から悩みなんて無いように思われる
きっとそんなものなのだろう
誰もがみんな
嫉妬や憎しみを心に秘めている
しかし、
誰もがみんな
それぞれの苦しみや苦悩を乗り越えている
そう思うと他人の芝生の青さにも、
その人の努力を見ることができる
最近の私は、嫉妬を憧れに変えるために、
そのように考えるように努めている
スマイル
あなたが笑うと
私まで笑顔になれる
その小さな顔に
いっぱいの笑顔を咲かせて
それだけで、
私は幸せになれる
これから先のあなたの未来も
そんな笑顔でいっぱいであったらいいと
心から願ってやまない
そんな存在に出会えた奇跡を
私も笑顔で噛み締めている
祈りの果て
祈ることに果てはない。
特に、大切な人がいるなら、
その人の幸せや無事を祈ってしまう。
祈ったところで何かが変わるわけではないけれど、
神様仏様、何でも良いからすがって、
少しでも不安な気持ちを和らげたいのだ。
子供が生まれてから、
毎日子供の成長と無事を祈っている。
元気で大きくなることを、祈っている。
毎日ニュースで小さな子どもが不幸に遭う事件を見るたびに
心の底から我が子の健やかな成長を祈っている。
大切な存在がいる限り、
祈ることに果てはない。