どうしてこの世界は悲しみで溢れてるんだろう。
悲惨なニュースは聞きたくないから耳をふさぐ。でもそんな自分にも嫌気が差す。
私は今日も無力で、他人の不幸を見てそれが自分でなくて良かったと安堵する。
せめて人に優しくありたい。
そう思うだけで結局何もできていなくても、「それでいいんだよ」と誰か言ってほしい。
幼い君と手を繋いで歩いた道。
ランドセルを背負った君と参観日の帰りに一緒に歩いた道。
大学進学が決まって家を出ることになった君を駅まで送った道。
成人式に振り袖姿で歩きにくそうにしている君を支えながら歩いた道。
この道にはいろんな思い出が詰まっている。
でも、この道を君と歩くのは、今日で最後かもしれない。
「お父さん、男手ひとつで私をここまで育ててくれて、ありがとうございました」
純白のドレスを着た君が涙ながらに言う。
私も泣くまいと思っていたのに、年甲斐もなく号泣してしまった。
これまで君と歩いた道は、そりゃあ平坦じゃなかったけど、私にとっては、かけがえのない宝物だ。天国にいる君のお母さんも一緒に歩きたかっただろうけれど。
でもきっと、お母さんも君のことを空から見守ってくれているはずだよ。
君がこれから歩いていく道に、幸あらんことを。
夢見心地で彼の隣を歩く。夢にまで見た彼とのデート……。
これが本当に夢だと気付いた時、私はある和歌を思い浮かべた。
思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢としりせば 覚めざらましを
これは小野小町が詠んだ歌で、「あの人のことを思いながら寝たから、あの人のことを夢に見てしまったのかな。 もし夢だとわかっていたら目を覚まさなかったのに」みたいな意味だったと思う。
私は幸運にもこれが夢であると気付いた。ならばこのまま目覚めずに、彼とのデートを堪能したい。
けど直後にこうも思った。
夢の中で夢だと気付くことを明晰夢というらしいけど、明晰夢を見てから目覚めると疲れを感じてしまうんだそうだ。だから明晰夢を見た時は一旦起きてしまった方が良いんだとか。
せっかく彼とデートしてるんだから目覚めたくない。けど明日に疲れを残すのも嫌。どうしたものか……。
そうこう考えていたら、思考の終わりを告げる目覚まし時計のベルが鳴った。
起きてからも印象的な夢の中の彼の笑顔を思い出してしまう。
あれはもしかして正夢だったり?いやいや、そんなはずもないか……。
今日も私は夢見る少女のように、現実の彼のことを目で追ってしまうのだった。
「さあ行こう」と気力を振り絞って、やりたくもない仕事をしに職場へ向かっていた日々。それとももう、さよならだ。
今朝突然もたらされた緊急ニュース。「3日後に地球は終わります」。それを受けた多数の人々は自身の仕事を放棄した。僕も例外に漏れずはじめて無断欠勤した。どうせ地球が終わるなら、やりたいことやってから死んでやる。
さあ行こう。財布も持たず、自転車に乗って。
まずは近所の本屋へ行って、ずっと読みたかった漫画を全巻読んだ。めっちゃ面白かった。
自転車で風を切る感覚が気持ちいい。目的地もなく自由に走るというのがこんなに楽しかったなんて。もっと遠くへ行ってしまおう。
お腹が空いたらコンビニへ行って食料を取ってくる。いつもなら選ばない高めのお弁当を取ったけど、期待したほどは美味しくなかった。いつも「高い方を食べてみたいけど我慢」って思ってたけど、こんなことならさっさと買っておけば良かった。安い弁当最高。
城や花畑や絶景スポット、自転車で行ける範囲でいろんなところを巡って、今になってこの世界の美しさを実感した。
地球が終わるまであと3時間。すごく充実した3日間だった。普段から仕事で疲れていることとかを言い訳にせずに、もっとやりたいことをやっておけば良かった。
すると親から連絡が来た。叶うなら最後に僕の顔が見たいと……。上京してからずっと会っていなかった両親。親孝行したいと思っていながらなかなかできていなかった。
そしてふと気付いた。僕はここまで目的地もなく走ってたつもりだったけど、無意識に実家のある方向に走ってきていたんだ。時間は……まだ間に合う。ここまで来たら会いたい。
さあ行こう、最後の親孝行だ。
保育園に子供を迎えに行った帰り道。職場を出る前に雨が上がって良かったなぁと思いながら歩いていたら、我が子が突然走り出して大きな水たまりに入り
「おそら、ふんじゃったぁ」
と言いながら水たまりの中で足踏みしたり飛び跳ねたりし始めた。そのたびに水たまりに映る空が揺れている。
「あー!もう!水たまり入っちゃダメでしょ!?靴が濡れちゃうじゃない!あーあー!ズボンも汚しちゃって!」
そう怒りながらも私はスマホを取り出して構え、我が子を動画におさめているのだから、これじゃあ説得力ないや。
私ったら親バカだな……。