子どもの頃の夢を有言実行して叶えられる人と叶えられない人の差ってなんだろうか?
夢を持っていたとしても常に様々な誘惑が生活の中に存在する
そんな誘惑を強い意志によって打ち消せる力がある人が夢を叶えられる人なのかなって。何かを得たかったら何かを断ち切らないといけない
一直線で居続けなきゃいけないってとても難しい。自分はそれが子ども時代に出来なかった人。今もできているとは言えないが
だけど、誘惑を断ち切った先に待ってるには想像以上に綺麗で透き通った不純ない景色だと考えたらそんな人生って全く悪くないって思うよね
卒業
卒業式って晴れ舞台だけど何だが晴れ難いことも同時に襲いかかる。
もうこれからずっと会えないんじゃないのかこれで最後なんだって思い込んでるから
シクシクしてるあなた
それは正解だよ
何れかは一生会えなくなる事実を受け入れるのも大事
その日だけを特別って思っちゃいけないよ
常日頃、大事な人との時間は本来あたりまえなモノではない。
否定的な視覚化
人は生まれた瞬間から死ぬことを定められている。自らいつ死ぬか選択することはできない
あなたにとってもあなたの大切な人にもいずれ待ち受けるべくモノ。それは今日かもしんないし、明日なのかもしれないし。死という現実を受け入れて生きる
友達や家族との時間は決して当たり前のモノではない。何かがきっかけでそれがバッタリ途絶えてしまうかもしれない。
誰かの死を考えながら生きると言ったらとても不謹慎だが自分や誰かの死に備える意識付けをした時、時間を貴重なモノだと認識し始めて感謝するようになる。より楽しく充実した時間を一緒に共有しようってなる。
どうしても生きてたらめまぐるしく変化が待ち受ける。その変化は必ずしも好ましいモノばかりでない。自分にとって唖然とするような都合の悪いモノだってある。常にそれを頭の片隅に入れて生きてたら不動心でいられるのかもな
普段の疲れや不安、怨念といったモノからクリアになりたい自分がいる
そうなるために、考えて行動に移さなければいけないと思ってる自分がいる
それを考える余地がない自分がいる
射倖心剥き出しの自分がいる
光輝くモノに対して変に尊敬し依存する自分がいる
それは天高く神々しい姿をし、下界の民を見守り運命を授ける星々がいる
そんな星に願いを込めたら、自分に纏いつく負の要素が消え去ると信じてる自分がいる
転換期とか節目
聞こえは良いかもしれない
慣れない環境の中でもがく自分を想像するとはぁとなる
はじめは熱意、希望、ワクワクの三拍子
そして後に残るのは怨念、疲労、苦痛
そんな予定調和はいらない
毒素はいつまでも溜めておくものではないよ
君にとっての楽な状態って何?安心材料を探さないと
それでも定められた道には定められた運命がある。
旅の過程で幾つもの選択肢がある
旅の過程で幾つもの運命を辿る
善だろうが悪だろうがそれを受け入れないといけない
あなたが選んだ道だから