7月の午後6時
人気のない肌寒い海岸を照らす温かいオレンジの光
水平線に沈み行く夕日をただひたすら眺めていた
「…死ぬにはいい日だな」
靴を脱ぎ捨てて美しい青色の海に足を踏み入れる
ひんやりと冷たい水の中をひたすら進んだ
半分ほど沈んだ夕日に向かってひたすら進んだ
もっと奥へ、もっと、もっと
いつの間にか足がつかないところにまで来ていた
深呼吸を一つして、体を沈める
もう苦しまなくていいんだ
一通りもがき苦しんで、意識を手放した
君の瞳を見つめる
吸い込まれてしまいそうな美しい瞳
この美しさが永遠であればいいと思った
生きてさえいればいい
息ができていればいい
生きるための場所があればいい
眠るための場所があればいい
生きるための食物があればいい
喉を潤す水があればいい
生きるための衣服があればいい
自分のための戦闘服があればいい
幸せじゃなくてもいい
苦しんでもいい
嫌われてもいい
迷惑をかけてもいい
周りに何を言われても気にしなくていい
死にたいと思ってもいい
死にたいと口に出してもいい
ただ、死ななければいい
命を繋ぐことだけを優先していい
生きることだけに必死になればいい
あとは何も考えなくていい
生きてさえいればいい
それだけでいい
もしひとつだけ願いが叶うなら
大好きで大嫌いなあんたに殺されたい
最期に見るのはあんたの顔がいいんだ
だから頼むよ
その引き金を引いてくれないか
「…大切なもの…か…」
あなたの大切なもの、と書かれたプリントを睨む
次のレポートのテーマである『大切なもの』
このプリントが配られて一週間が経とうとするのだが
何も思い浮かばず途方に暮れていた
なんとなく、生きていた
なんとなく、いろんな選択をした
なんとなく、間違えて
なんとなく、正解して
なんとなく、繰り返した
そんな生活に芯となるようなものは存在しなくて
何が大切で何がそうじゃないのか
時間が経つにつれて判断できなくなっているのを実感した
目的も目標も夢も希望も何もあったもんじゃない
だからこんな生活終わりにしてやりたいとさえ思っている
そんな人間に大切なものはなんですかなんて聞かないでほしい
軽く苛立ちを覚えつつネットサーフィンをする
こういうのはネットの模範的な回答を真似してしまえばいい
自分で考えるのが難しいときは素直にこうするのがいい
家族、恋人、友人、趣味、推し、衣食住関連、金、健康、時間
…金と時間は大切だな、よし…これでいこう
様々な記事の内容を次々とメモにコピペして
重複した箇所を丁寧に消していく
言葉遣いを整えて
一つの文章にまとめる
この作業は嫌いじゃない
バラバラの文章を自分の手で一つにまとめていく工程が楽しいのだ
やっと完成したレポートを読み返す
まあまあの出来だな
レポートは完成したけれど
また考え直してみる
自分にとっての、大切なものとは何か
小一時間考え込んで出た答えは
自分にとっての大切な何かを見つけることが大切なんじゃないかってことだけだった