「僕たちだけの秘密だよ」
「誰にも教えてはいけないよ」
「秘密を守ってね。僕たち、そうして、世界から僕たちを守ろうね」
僕らはまだ、互いの秘密も知らないのに。
お前は幸福な子どもだ。お父さんがいる。お母さんがいる。兄弟がいる。帰ればあたたかいお家がある。学校の宿題にぐだぐだ取りかかれる部屋がある。テレビがある。ゲームがある。本がある。おいしいご飯とお菓子がある。笑顔がある。明日を疑わずにもぐれるベッドがある。
そんなお前が、優しくするな。私に向かって、優しくするな。おぎゃあ、と生まれただけでいくつもの優しさに包まれてきたお前が。フィクションの中でしか優しさのない世界を知らないお前が。私が知らないものをすべて得てきたお前が。私のことを分かった気になるな。私を救えるはずと自惚れるな。優しくするな。優しくするな。私に優しくするな。
お前が当たり前に知っている、人に優しくする方法さえも、私は知らないのだ。
人々の望む何もかもが満ち溢れ、人々の拒む何もかもが斥けられた場所。ここにあるのは快楽のみである。そして誰一人としてそのことを非難する者はいない。誰もが自分の愉悦に溺れることに無我夢中で、互いの姿が見えていないのである。
我々がかつて渇望したものの中で、唯一、現在この地に存在しないものがある。愛。我々がまだ苦痛や悲嘆に蝕まれていた頃、命を賭してでも求めていた、愛。惨憺の暗闇にあってただ一つの光であった、愛。今となっては満ち溢れた光の中に飽和し、やがて斥けられた、愛。……。
刹那。光が目の前を閃いた。ピカッと輝いたと思ったら、大きな余韻を残して、それは消えていった。闇は、僕のまわりをまたぐるりと囲んで、何事もなかったように振る舞っている。しかし僕は、網膜に焼きついたその一刹那を何度も反芻しながら、一歩前に進むことにした。暗がりの抑止を振りきって、瞼の裏の明るさを信じて、停滞を克服しようとした。