『時を告げる』
馴染みのある小宇宙を感じる。懐かしささえ覚えるそれは儂のよく知る人物のものであった。だが、彼はとっくに命を落とした存在である。生きているはずがない。
よく探ってみると、懐かしさを覚える小宇宙は一つではなかった。やはり、いずれの小宇宙も既に死んだ者のものである。
それに気付いた時、儂は合点がいった。成程、死を司る彼奴らしい、陰険なやり方じゃわい。確かに、己の兵を無駄に消費するよりその方が効率がいいじゃろう。
だが、彼ら誇り高い黄金聖闘士が大人しく従うと思うかな。彼らの正義を思う心は例え死しても変わることはない。お前たちの安易な作戦は、必ずや己の首を絞めることになろう。
とはいえ、儂も指をくわえて黙って見ているわけにもいくまい。この仮初めの肉体とも別れを告げる時が来た。かつての友と、仲間と拳を交えることになろうと、儂は使命を果たし、必ずや冥王を討ち倒す。
既に戦いは始まっているが、これをもって開戦の時を告げるとするかの。ハーデスよ、首を洗って待っておれ。この時代も、必ずや我ら聖闘士とアテナが勝利するのじゃ。
儂は杖を振り、聖域十二宮の火時計に火を灯した。
『貝殻』
海を見ると、いつも胸が押し潰されそうになる。
理由は分からない。あの世界的な水害が起こった時、自らの資産をなげうってまで被災者を助けなければいけないと思ったことと関係があるのだろうか。いくら考えても答えは出ないので、とにかく一人でも多くの被災者を救うため、私は世界中を回った。
時折こうして浜辺に来て自問してみるが一向にその理由は分からない。
私は海岸線に沿って浜辺を歩く。寄せては返す波の音が私の心を鎮める。不思議と、海は嫌いではなかった。
ふと足元を見ると、貝殻が落ちていた。私は屈み込みそれを拾い上げる。虹色の美しい巻貝だった。それを見て、ある魚を思い出した。浜辺で傷だらけになって息絶えていた、虹色にまばゆく光る美しい魚を。
貝殻を耳に当ててみる。波の音と共に、少女の笑い声が聞こえた気がした。私は理由もなく悲しくなり、その場にうずくまって泣き続けた。