「実はさー、おれ明日引っ越すんだよね」
「ハイ嘘ー!その手には乗らねえ!!エイプリルフルだろ!」
「秒でバレたか……」
「来年はもっとマシな嘘つけよなー!じゃあ、また明日!」
そう言って、笑いながら手をふるお前は知らない。
時計の針は12時を少し過ぎた位置にある事を。
俺が本当に明日引っ越す事を。
今日という日が、俺がお前と過ごした最後の日になることを。
「……じゃあな」
最後まで嘘をつけなかった俺は、遠のくお前にちいさく手を降った。
「愛と平和ァ?
ラブアンドピースってか?
あとあれだ、結構前の車のCMで
キムタクが『ラブアンドジーンズ』って言ってた」
「もう、社長ってば!
冗談言ってないで書類整理に着手してください。
これ以上重要書類かもしれない書類の上に
コーヒーカップを置くのは嫌ですからね!」
「いや、ホントだってば」
「はいはい、わかりましたってば」
「大好きな君に!」
なんてありきたりなメッセージを添えたチョコレート。
お菓子作りが好きな私は、毎年かなりの量のチョコレートを作って配る。
メッセージカードを添えるのもお決まりだ。
それを知っている君は、毎年ありがとうと言って受け取ってくれる。
毎年この日に貰う、君のチョコレートが一番美味しいんだ、と嬉しそうに笑って。
今年はどんなチョコレートかな、と楽しげに箱の蓋を開ける君は知らない。
君にだけ、毎年同じ文言のメッセージカードを添えている事を。
鈍感な君は、こんな事じゃ私の思いに気づいてなんてくれない。
分かっていても、純粋に楽しんでくれている君の笑顔を少しでも長く見ていたくて。
臆病な私はきっと、来年も同じメッセージカードを用意するのだ。
『遠くの街』って、素敵な響きですよね。
こう、想像力を掻き立てられるっていうか。
実は私、自分の中に『こんな街があったらいいな』
っていう、自分だけの『遠くの街』があるんです。
そこは海沿いに広がる街で、
ヨーロッパの田舎町にあるような、
おとぎ話にでてきそうなかわいいお家が並んでいて。
私は運河沿いの、1階がお花屋さん、2階と3階が
アパートメントの3階の角っこの部屋に住んでるんです。
お部屋の中も考えてるんですよ。
聞いてくれますか?
『君は今頃なにをしているのだろうか。
私のことなんて綺麗さっぱりわすれてさ。
君と、君の大切な人が、かけがえのない時間を過ごせていたら、私はそれで……。
……。やっぱり嘘。
頭の隅でいいから閉まっておいて。
それで、雨にうたれる百合の花を見たら、私のことを思い出してほしいの。
わがままでごめんね』
今日やってきたのは、
『幼馴染の女の子が結婚して遠くへ行ってしまった』と話すお嬢さん。
彼女の、大好きな女の子へ伝えられなかった気持ちは
シロップに溶かしてスポンジに。
彼女の、大好きな女の子とその大好きな人の幸せを願う気持ちはクリームに混ぜ込む。
彼女の、大好きな女の子への最後のわがままは、たっぷりのお砂糖と一緒に、雨粒をまとった飴細工の百合の花となる。
出来上がったケーキを一口食べて、お嬢さんはとっても綺麗に微笑んだ。
その頬を滑り落ちた雫のことは、腕のいい店主と、可愛らしい店員さんと、彼女を思って作られたケーキしか知らない。
「先生、今日のケーキも素敵でしたね!
でも僕は、何だか切ない気持ちになりました」
「コルト、君も中々舌が肥えてきたね」
「ということは、正解ですか先生!?」
「さあね。……ああ、いけない。ケーキに名前をつけてもらうのを忘れていたよ。私はどうもネーミングセンスがないのだけれど、仕方ない。今回は私が考えよう」
『2/27 雨の百合』
「どうだいコルト?今回のケーキの名前は」
「そのまんまですね!20点です!」
「やれやれ、ケーキは好きでも随分な辛口に育ってしまったようだ」
『喫茶店・旅鳥 オーダーメイドのスイーツお作り致します 詳しくは店のものにお尋ねください』