「私、高校は通信制行くんだー」
修了式の帰り道、彼女はふと思い出したように言った。
「え、初めて、聞いたんだけど……」
「まあそりゃ言ってなかったし」
悪気もなくそう言い放った彼女に苛立ちを覚える。
そんなこと、考えてもいなかった。
そのまま高校に上がれるのに、わざわざ他の学校行くなんて。なんで、という思いが私を支配する。
「やっぱ耳痛くなっちゃうのヤでさ。それ考えたら、このまま高校行くの無理だなーって。……そっちは高校そのまま行くんだね」
「……通信なんて考えてもなかったから」
彼女とは保健室で出会った。
3年の三学期の間だけ、なんとなく教室に行くのが辛くて保健室登校をしていた。基本保健室にはあまり人が来なかったから、安心して日々を過ごすことが出来ていた。
そんなある日のこと。自習をしていたら、保健室の扉が開き彼女が出てきた。
目を惹かれた。
女子としては珍しい高めの背、男子みたいなベリーショートヘア、そして何より、その目の暗さに。
パッと目があって、彼女には目をそらされたけど。
彼女のことをもっと知りたいと思った。
彼女は週に一度くらいしか学校に来なかったけど、来るたびにしつこいと思われるほど声をかけた。
最初は遠慮気味に話していた彼女も、5回目ともなれば気軽に話してくれるようになった。
保健室登校の理由も。
「私ね、元々音がうるさいと耳がキーンってなっちゃうの。でもいつも通り過ごしてたんだけどね、ある日から朝起きれなくなっちゃってさ。それがあまりにも続いたから、母親に病院連れてかれて。そしたらストレスが凄いって。起立性調節障害だって。鬱だって。さらに教室に久しぶりに行ったら、友達はギャルっぽくなっちゃうし。もう散々だよね」
彼女は、明るく話してくれた。
私に気を使ったのかもしれないし、本当にあまり気にしてないのかもしれないし。
私にはその判別はつかなかった。
私も、私のことを話した。
保健室登校してるのは、外的要因のせいではないこと。
私自身が、クラスメイトに対して思う、嫉妬とか羨望とか自分勝手な憎しみとか。この気持ちを整理しきれなかったこと。
彼女は静かに私の話を聞いてくれた。
彼女と比べると、私なんて全然しょうもない理由で保健室登校してるのに。
「大変だったね」
彼女のその優しげな声に、私は救われた気がした。
それから、私達は色んなことを話した。
教室での気まずさとか、勉強についてとか。
傷を舐め合う、といったらちょっと悪い意味に聞こえるかもしれないけど、私達はお互いにお互いのことを話すことで辛さを緩和することができていた。
高校に行っても、二人でいれるなら大丈夫かもしれない。
きっと、彼女はこの依存性のある思いに気づいていたんだ。
「ねえ、私はさ。短い間だったけど、二人で話す時間めっちゃ楽しかったよ。あとなんか、救われたみたいな気持ちがしてさー。私は違う高校行くけどさ、まあまた会おうと思えば会える距離なわけじゃん。ね、それにさ。今日の空こんなキレイ。お互いやってけるよ」
空は曇り。
なんなら雨も降っている。
けど、
「……そうだね。キレイ」
「でしょ?」
彼女なりの気遣いは、あからさま過ぎて最早気遣いでは無かったけど。
「お互い、頑張ろうね」
「うん」
きっと、やってける。
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『快晴』
「……ッ…、かッ…」
ある日突然、声が出なくなった。
なんの、前触れもなかった。
普通に起きて、朝ごはん食べて、学校に登校して、家に帰って、夕飯だよと呼ばれて、返事をしようとしたら
声が出なくなって。
その後、異変に気づいた母親に連れられ、病院へ行った。
ストレスによるものだろうと言われた。
ストレスなんて、感じてなかったのに。
わたし、大丈夫だよ?そりゃ辛いことだってあるけど、自分で立ち直れてるんだよ?
母親の申し訳無さそうな目が、痛かった。
あなたのせいじゃないよと言ってあげたいのに。
今の私は視線でしか感情を表せられない。
紙とペンが無いと言葉を伝えられない。
なんて、なんて無力。
目が潤む。
もう、言葉が出なかった。
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『カタチあるもの』
「今日で、最後か。寂しくなるな。……なあ覚えてる?俺等が一番最初に出会った時のこと。俺がどうしようもなく酔ってる時も、笑いながら一緒に酒呑んでくれたよな。俺、あの時にお前に、ユキナに惚れたんだよ……。
その笑顔が大好きでさ。
……会えなくなる訳じゃないって分かってるんだけどさ、やっぱどうしようもなく寂しいんだ。遠く行っちゃったらさ、顔見に行くのも難しいだろ?だからさ、あの、最後にキスしてくんね……?」
「だめ!キスはおあずけだよ!!確かに私遠く行っちゃうけど、たいちさんが会いに来ればいい話でしょ?今日から2週間以内に遠くの私に会いに来てくれたら、その時キスしてあげる!一緒にデートしたり、ちょっと高級なとこでご飯食べたりなんかもしてさ。
……だからね、絶対に会いに来てよね!」
「ほ、本当?!じゃあ俺、絶対!絶対!!会いに行くから!待っててな!!」
「ふふ、ありがとう!ユキナ嬉しい。
これからも、ずっと私だけの金ヅルでいて?たいちさん♡」
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『歌舞伎町の変異株』
「日が沈む前にあそこに先に着いた方が勝ちな!」
そうやって、いつも私は置いていかれた。
男のくせに私に手加減とかしないで、ずっとずっと走っていく。
置いてかないでよ。手を引いてよ。
一緒に連れてってよ。
「じゃないと、追いつけない……」
いつかのゴール地点で一人、しゃがみこんだ。
10歳の夏、事故で、私は突き放されて。
惨めに尻もちをついて、文句の一つでも言ってやろうと思って見上げた先には、もういなかった。
隣に立とうと努力をしてきた。
いなくなった後だって、何だか勝ち逃げされたようで悔しくて、努力をひたすらに積み上げた。
足りないまだ足りない。
名前の知らない感情に身を焼かれながら、
そうして、10年がたった。
そして今、あの時のスタート地点に立っている。
目の前に沈みかける夕日に、なんだか急かされている気がして、意味もなく走り出した。
誰もいないこの道を一人で走る、なんて滑稽なんだと頭の隅で思ったけれど。
気づけば、いつかのゴール地点に立っていた。
ああ、懐かしいなあ。何回も何回も二人で走って、結局追いつけなかったなあ。
もっと私が頑張れば、隣にたてたのかなぁ。
押し寄せる思い出と付随してきた思いに、心がぎゅっと潰される。耐えきれなくなって、しゃがみこんだ。
そうだ、隣にたちたかったんだ。
ひたすらに追いつこうと走っていたあの頃も、がむしゃらに意味もなく頑張り続けたあの頃も。
そうか、名前の知らない感情は恋だったのか。
ポロッと流れる。
夕日は一際強く輝いて、沈んだ。
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『裏、汝を殺すであろう』
「ねえ、どこ見て喋ってんの?」
「床」
「目見て話せよ」
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『適当の解釈』