「今までありがとう。幸せになってね」
彼女は目にいっぱいの涙を浮かべながら小さくそう呟く。
甘えん坊で泣き虫な彼女。
いつもならすぐに抱きしめるのに、もうできない。
元彼女は、後ろを向き駅へと歩いていく。
どんどん小さくなる背中を見ることしかできなかった。
僕の海外赴任さえ無ければ、こうなることはなかったのに。
断れば良かったのかな。
後悔ばかりが押し寄せる。
でも元彼女もこの地でやりたいことがある。
僕も海外の地でやりたいことがあった。
僕も帰ろう。
帰って、引越の準備をしなくては。
でも、今日だけは許してほしい。
家に着いて、僕は一晩中泣き明かした。
「今日だけ許して」
海を散歩してると、少し薄汚れたガラスの瓶を見つけた。
汚いなぁと思いつつ、気になった私はガラスの瓶を拾ってみた。
中には、1枚の紙が入っている。
「見知らぬ誰かさんへ
この手紙を見つけてくれてありがとう。
毎日病院で暇だから、この手紙を書いています。
僕は病気でもう長くはないみたい。
このまま死んでいくのはいやだ。
死にたくない…
この手紙を読んでくれた誰かさん、
僕と一緒に逝こうよ」
私は思わず紙を投げ捨てた。
もう、なんなの…
せっかく気分よく散歩してたのに。
その日からだ。
視線を感じるようになったのは。
最初は少しの違和感だったのが、今はすぐ近くに感じる。
今も目の前に…
いやだ…死にたくない……よ………
「誰か」
はぁ…なんで私はこんなことしてるんだろう。
フリーターで毎日ギリギリの生活。
もう夢を諦める頃なのかな。
私は、子供の頃からアイドルになることを夢見てきた。
昔から可愛いねとたくさんの人に褒められ、高校の時には文化祭のミスコンで賞も取った。
可愛くなる努力も必死に続けてきた。
太らないように食事にも気を付けてきた。
でも、現実は厳しくて。
せっかく東京に出てきたのに、意味ないじゃん。
子供の頃の夢を叶えるのは楽じゃない。
もう、諦める時なのかな。
でも、諦めたくないの。
次のオーデションこそは………
「子供の頃の夢」
なんで私を置いていくの。
もう何年も連れ添ってきたのに。
実家を出る時だって、無理して選んだ家。
全部君のためだった。
でも、仕方ないのかな。
もう17歳になった愛猫の君。
まだ一緒にいたかった。
どこにも行かないで、これからもそばにいてよ…
「どこにも行かないで」
難関と言われる高校に合格した。
ずっと野球に打ち込んできた僕の成績は平均的で、合格は厳しいと言われた。
三者面談では、両親と先生の両方に現実を見ろと言われた。
でも、僕はめげずに勉強を続け、合格した。
野球部のマネージャーを務める先輩の背中を追って。
彼女が卒業する時、僕は告白した。
君は
「私と同じ高校に入学できたら、いいよ」
と微笑んだ。
彼女は僕の成績を知ってて、そう言った。
きっと付き合う気はなかったからそう言ったのかも知れない。
「先輩。僕、合格しましたよ」
彼女は目を丸くして僕を見ている。
でもすぐに微笑んで
「1年間、信じて待ってたよ」
同じ高校に来るよう伝えたのも、離れ離れになるのが寂しかったから…と後でこっそり教えてくれた。
今では、野球部内で公認のカップルとなっている。
君の背中を追って、頑張って良かった。
「君の背中を追って」