「台風が過ぎ去って」
台風と聞いたら、
あなたは何を思い浮かべるだろうか。
風、嵐、暴風、家が吹き飛ばされる。
家が吹き飛ばされるような、
今までの日常がひっくり返るような、
そんな出来事に遭ったことはあるだろうか。
私はある。
中学生の頃。
思春期の男子は声変わりをする時期だ。
その時期に私は声変わりに失敗した。
声変わりの時期に差し掛かってすぐ、
健康的な声は一切なくなった。
掠れた声と、息だけの声と、無音の声。
声を出している感覚はあるのに、声は出ていない。
そんな無音の声も存在していた。
私は今まで出してきた健康的な声がひっくり返り、
声だけで日常がひっくり返った。
まるで、一面に広がるオセロの白が
だんだんと黒へと変わっていくように
声を上手く出せないという生きづらさは
日に日に増していった。
そんな生きづらさから逃れようと、
自分なりに声を上手く出せるようになりたいと、
必死に努力した。
とにかく歌。歌を歌うことをほぼ毎日した。
歌。歌。歌。熱唱。歌。熱唱。
こんな日々を繰り返していた。
掠れた声でも、歌で生を実感できた。
そんな日々を続けて2年半。
やっと、健康的な声が出せるようになってきた。
台風は過ぎ去ったのだ。
私の中にあった台風は、
頭の先から足の先まで通っていた。
生きづらさに悩まされる頭。
憎いほどに上手く声を出せない喉。
ストレスで食べ物を欲しなくなるお腹。
ストレスで起きたらフラフラと歩く脚。
身体全体にノイズがかかっているような感覚だった。
そんな頃と比べたら、
今の身体の中は、あったとしても大雨くらいだ。
晴れの時もある。
晴れ、曇り、雨という身体の日常は、
これ以上ない幸せ。
台風を知れたからこそ、大雨に耐えやすくなった。
台風を乗り切った後だからこそ、
今までにあった日常が有難く思える。
そして、戻ってきた日常が喜ばしくてしょうがない。
あなたにとって人生の中での台風は、
どんな台風でしょうか。
いつかは、あなたの心身にも
台風がやってくるかもしれません。
なぜなら、地に降りる台風が自然現象のように、
心身の不調も自然現象の一つだから。
日頃の健康を大切に。
「ひとりきり」
ひとりきりは寂しい。
あなたはそう思うだろうか。
私は「ひとりきり」という文字を見て
一番最初に思い浮かべた景色は、
人工物から解放された場所。
自然が地平線の端まで続く場所。
見下ろせば、葉の緑と、土の茶で埋めつくされた土地。
見上げれば、快晴の青々とした空。
そんな場所に、たった一人で降り立った時の視点。
この視点は、私が死にたかった時、
死ぬ前に見たい景色として思い描いていたものだ。
死ぬ時は、「ひとりきり」で死にたい。
そう思っていたから、過去の死にたい自分の理想が
このお題とリンクした。
私にとって、「ひとりきり」というのは、
他の人間が誰もいなく、人工物も全くなく、
自然で覆われた場所で一人、清々しい呼吸をする時。
誰からも評価も目線も存在も気にせず、
人間が生まれる前から地球にあった自然を
目と呼吸で存分に感じる時。
そんな時、人間に依存せずとも、
地球が私を愛してくれている。
世界に私の居場所がある。
そう思ってから、死のうと思っていた。
でも、今は死にたくない。
だからこそ、「ひとりきり」にはなりたくない。
「ひとりきり」が私の理想ではなくなってしまった。
今の私は、人間との距離感を
自分で上手く調整できるようになってしまった。
「なってしまった」ってなんなんだろう。
喜ばしいはずなのに。
それは、あの頃の「ひとりきり」感性が
少しだけ魅力的に思えるからだと思う。
生きづらさにしか生み出せない感性は必ずあって、
生きづらさから逃れた時、
あの頃の感性も頭から抜け落ちている。
このお題をきっかけに過去の記憶を蘇らせても、
感性は再吸収できない。
これから、新しく出会っていく感性と
向き合っていくしかないのだ。
「ひとりきりになって死にたい」
という過去の私の感性を失ってしまっていることに
私は、「寂しさ」を感じている。
明日も生きなきゃいけない。
死ぬ時の希望だった、私の「ひとりきり」は、
私にとって救いだったのかもしれない。
明日も生きよう。
でも、また死にたくなったら、
あの感性と再会させてくれ。
「Red, Green, Blue」
赤、緑、青。
カクテルでもよく見られる色。
ただこの3色が一つのグラスの中で混ざることなく、
分離していたら。
不自然ではあるが、その不自然さも含めて、
美しいお酒と思えるだろう。
だが、混ぜたらどうだろうか。
具体的な色は想像できないが、
おそらく美味しくなさそうな色が出来上がる。
美しいお酒から、飲みたくないお酒へと
一気に降格する。
人間関係でも似たようなことが言える。
人と関わる前に
「私とあの人が混ざったら嫌な色になる」
といった想像をして、
自ら関わりにいくことをシャットアウトしてしまう。
私と混ざると嫌な色ができるアイツが嫌だ。
そう思ってしまう。
私の色まで汚れるような気がするからだ。
でも、きっと相手も美しい色を持っていて、
私も美しい色を持っている。
関わらなければ、分離してしまえば、
私の色は保たれる。
そう言った考え方をもった時から、
私は私の色を保てる「一人」を選ぶようになった。
そりゃそうだ。
私の色が、味が、最も馴染みがあって、
汚れる可能性が完全になくなるから。
そうやって「一人」を選び続けたら、
その色に慣れた目と味に慣れた舌が
物足りなくなるように、心が寂しくなっていく。
汚い色を避けることで、
私の色の価値が下がらないようにしてきた。
そうした結果、
見た目が汚い色でも味は美味しいお酒を私は知らない。
「一人」を選ぶということは、
自分を守ることでもあるが、
人との関わりで得られる「満たされる感覚」を
得られないということ。
それでも、私は「一人」を選ぶと思う。
汚くても美味しいお酒を知るより、
私が持つ一色の美しさ、お酒の美味しさを
どうしたら今より強く思えるか。
一番美しい見方、美味しい味わい方を
ずっと探している。
あなたの色は何色ですか?
私の心は青色です。
赤にも緑にも、私は混ざらない。
だから、こうして一人で書いている。
それでも、承認欲求は消えない。
だから、「ハート」という評価を求める。
承認欲求を満たすということは、
私でいうなら、青を一滴一滴、足すこと。
私は自分を一番美味しく味わって死にたい。
「フィルター」
心にはフィルターがかけられている。
そもそもフィルターってなに?
私には分からない。
心にあるフィルターを上手く言語化できない。
上手く言語化できないってなに?
そう突き詰めていったら頭がバカになる。
こうやって言葉を書きなぐる勢いで、
文字に起こしていくのがたまらなく気持ちいいが、
心の不可解さに悩まされる。
心から自然と流れてくる言葉をそのままに書くと、
意味不明な文章ができたりする。
対して、必死に言葉を考えて生み出そうとすると、
私の言語化能力の低さにため息が出る。
そうやって心、頭を上手く使いながら書く文章は、
私にとってはどちらも不器用な文章でしかない。
それは心にフィルターがかけられているからだと思っている。
そのフィルターとは、
人からよく思われたい、評価されたいといった欲求が強くなったが故の自分の心にかけられている「偽物」と呼んだらいいだろうか。
素直な気持ちを書きたいという願望があったとしても、
それは「素直」という偽物を引っ張ってきているだけで、「素直らしい言葉」に過ぎない。
ただ今書いていて、1つ分かったことがある。
それは書きなぐっていたら、自然と心を引き出す頭がついてくるということ。
書きなぐるというのは感情をぶつけるように文字に起こすことだと思っているが、感情をぶつけている人間を見ると、「人間らしい」と思うことがよくある。
文字に「人間らしさ」を宿すためには、書きなぐればいいのではないか。感情をぶつければ、「私という人間らしさ」が出るのではないか。そう思った。
フィルターというのは「人間らしさを隠すための偽物の自分」かもしれない。
私はここのアプリを先程、インストールしたばかりで、
さっそくこの文章を書いているが、ここではフィルターのない自分でいたいと思った。
だが、生きていく上でフィルターは付き物。
フィルターのある自分、フィルターのない自分。
どちらも美しいと思えるような感性がほしい。
そんなことを意識して生きられたら他人の美しさにも
もっと気づけるのかな。
まずは今日の「美しさ」に気づいてみようと思う。
今飲んでいるほうじ茶ラテの美味しさも
一つ、「今日の美しさ」だ。
上記を書いてから、数十分後の今。
テーマが1つじゃ足りないと思っている。
私が言語化したいという欲、
頭が心地よいと感じる疲労、
心のフィルターを感じにくいこの感覚。
全てが新鮮で面白い自分を形成している。
早く明日になってほしい。
また、文章を書きたい。
明日はどんなお題が待っているのだろう。
一日の楽しみってこういうところにも
転がっていたんだな。
まだまだ人生の楽しみを見つけていなさすぎかもしれない。
これからの人生も楽しめる可能性をこのアプリをきっかけに感じられた。
とにかく明日も書く。飽きるまで書く。
この創作意欲は非常に美しい。
創作こそ、私という人間らしさを詰め込むことができ、
フィルターをぶっ壊せる。もういいや。
フィルターってお題だけど、
この投稿を作っているうちにぶっ壊せてしまった。
謎の「お題に勝てた」という勝利感と、謎の優越感。
書くの楽しすぎるけど、ここで終わりにしよう。
今日書き足りないくらいで終わるのが、
明日も書きたいと思える。
今日生き足りないと思えるくらい、
人生謳歌したい。
よし、ほうじ茶ラテ、もう一杯頼むか。