「ひとりきり」
ひとりきりは寂しい。
あなたはそう思うだろうか。
私は「ひとりきり」という文字を見て
一番最初に思い浮かべた景色は、
人工物から解放された場所。
自然が地平線の端まで続く場所。
見下ろせば、葉の緑と、土の茶で埋めつくされた土地。
見上げれば、快晴の青々とした空。
そんな場所に、たった一人で降り立った時の視点。
この視点は、私が死にたかった時、
死ぬ前に見たい景色として思い描いていたものだ。
死ぬ時は、「ひとりきり」で死にたい。
そう思っていたから、過去の死にたい自分の理想が
このお題とリンクした。
私にとって、「ひとりきり」というのは、
他の人間が誰もいなく、人工物も全くなく、
自然で覆われた場所で一人、清々しい呼吸をする時。
誰からも評価も目線も存在も気にせず、
人間が生まれる前から地球にあった自然を
目と呼吸で存分に感じる時。
そんな時、人間に依存せずとも、
地球が私を愛してくれている。
世界に私の居場所がある。
そう思ってから、死のうと思っていた。
でも、今は死にたくない。
だからこそ、「ひとりきり」にはなりたくない。
「ひとりきり」が私の理想ではなくなってしまった。
今の私は、人間との距離感を
自分で上手く調整できるようになってしまった。
「なってしまった」ってなんなんだろう。
喜ばしいはずなのに。
それは、あの頃の「ひとりきり」感性が
少しだけ魅力的に思えるからだと思う。
生きづらさにしか生み出せない感性は必ずあって、
生きづらさから逃れた時、
あの頃の感性も頭から抜け落ちている。
このお題をきっかけに過去の記憶を蘇らせても、
感性は再吸収できない。
これから、新しく出会っていく感性と
向き合っていくしかないのだ。
「ひとりきりになって死にたい」
という過去の私の感性を失ってしまっていることに
私は、「寂しさ」を感じている。
明日も生きなきゃいけない。
死ぬ時の希望だった、私の「ひとりきり」は、
私にとって救いだったのかもしれない。
明日も生きよう。
でも、また死にたくなったら、
あの感性と再会させてくれ。
9/11/2025, 2:30:31 PM