「フィルター」
心にはフィルターがかけられている。
そもそもフィルターってなに?
私には分からない。
心にあるフィルターを上手く言語化できない。
上手く言語化できないってなに?
そう突き詰めていったら頭がバカになる。
こうやって言葉を書きなぐる勢いで、
文字に起こしていくのがたまらなく気持ちいいが、
心の不可解さに悩まされる。
心から自然と流れてくる言葉をそのままに書くと、
意味不明な文章ができたりする。
対して、必死に言葉を考えて生み出そうとすると、
私の言語化能力の低さにため息が出る。
そうやって心、頭を上手く使いながら書く文章は、
私にとってはどちらも不器用な文章でしかない。
それは心にフィルターがかけられているからだと思っている。
そのフィルターとは、
人からよく思われたい、評価されたいといった欲求が強くなったが故の自分の心にかけられている「偽物」と呼んだらいいだろうか。
素直な気持ちを書きたいという願望があったとしても、
それは「素直」という偽物を引っ張ってきているだけで、「素直らしい言葉」に過ぎない。
ただ今書いていて、1つ分かったことがある。
それは書きなぐっていたら、自然と心を引き出す頭がついてくるということ。
書きなぐるというのは感情をぶつけるように文字に起こすことだと思っているが、感情をぶつけている人間を見ると、「人間らしい」と思うことがよくある。
文字に「人間らしさ」を宿すためには、書きなぐればいいのではないか。感情をぶつければ、「私という人間らしさ」が出るのではないか。そう思った。
フィルターというのは「人間らしさを隠すための偽物の自分」かもしれない。
私はここのアプリを先程、インストールしたばかりで、
さっそくこの文章を書いているが、ここではフィルターのない自分でいたいと思った。
だが、生きていく上でフィルターは付き物。
フィルターのある自分、フィルターのない自分。
どちらも美しいと思えるような感性がほしい。
そんなことを意識して生きられたら他人の美しさにも
もっと気づけるのかな。
まずは今日の「美しさ」に気づいてみようと思う。
今飲んでいるほうじ茶ラテの美味しさも
一つ、「今日の美しさ」だ。
上記を書いてから、数十分後の今。
テーマが1つじゃ足りないと思っている。
私が言語化したいという欲、
頭が心地よいと感じる疲労、
心のフィルターを感じにくいこの感覚。
全てが新鮮で面白い自分を形成している。
早く明日になってほしい。
また、文章を書きたい。
明日はどんなお題が待っているのだろう。
一日の楽しみってこういうところにも
転がっていたんだな。
まだまだ人生の楽しみを見つけていなさすぎかもしれない。
これからの人生も楽しめる可能性をこのアプリをきっかけに感じられた。
とにかく明日も書く。飽きるまで書く。
この創作意欲は非常に美しい。
創作こそ、私という人間らしさを詰め込むことができ、
フィルターをぶっ壊せる。もういいや。
フィルターってお題だけど、
この投稿を作っているうちにぶっ壊せてしまった。
謎の「お題に勝てた」という勝利感と、謎の優越感。
書くの楽しすぎるけど、ここで終わりにしよう。
今日書き足りないくらいで終わるのが、
明日も書きたいと思える。
今日生き足りないと思えるくらい、
人生謳歌したい。
よし、ほうじ茶ラテ、もう一杯頼むか。
9/10/2025, 7:17:33 AM