こころが、晴れ上がる。
僕の血みどろの手の下には、見る影もなくなった両親の骸が転がっている。大ぶりの刺身包丁を投げ捨てた。カラカラと音を立てて部屋の隅に転がっていく。もちろん包丁も血まみれだ。日頃の想いを込めて、両親を滅多刺しにした。
刑務所に行くのか少年院に行くのか知らないけれど、両親に脅かされ続ける日々からはさようならだ!
僕の心は晴れわたり、快晴の秋の空のように高く澄み渡っていた。
夢、だった。布団をはいで身体を起こして、包丁を探す。ない。ない。両親は健在で、今日も僕を甚振ろうと悪意を向けてきていた。たすけて、誰か。
【快晴】
わたしが忘れられない空は、まだ陽気なアミーゴの国であった頃のメヒーコ(メキシコ)の空である。
抜けるように青く高く、そして雲の位置が低い。暗くくすぶったスコールが本当に見えて近づいてくる。天然シャワーのようなスコールのあとは草むらから蒸気が上がる。気温は四十度を超えていたが、湿度が低くて、わたしは日焼け止め要らずで肌も焼けなかった。
あのメヒーコの神秘的な空をもう一度見たいと思う。でも今ではあの空が残っているかわからない。天候は地球規模で変わってしまった。更にメヒーコの治安悪化で、渡航も危険だと聞くようになった。人の財布をすろうと狙う陽気なアミーゴ達の犯罪レベルは、もっと上がってしまったらしい。残念でならない。
【遠くの空へ】
キミは今、何をしたい?
そう問われた時、答える言葉があるだろうか。
残念ながらわたしにはない。何かをしたい気持ちは全て取り上げられてしまった。夢を語ることも、見ることも許されず、父は「世間体が一番大事に決まっている!」と怒鳴り、進路も進学も全て親が勝手に決め、わたしには受験時に白紙提出してワザと落ちるという反抗法しかなかった。
昔わたしにはやりたいこと、将来の夢があり、父はわたしを駒としか見ていなかった。自分の兄弟(わたしの伯父伯母)が子供達(いとこ)を高偏差値校に次々と入れているのに、兄は芸大を選び、残ったわたしを何とか高偏差値校にいれたかったのだろう。だがわたしは親の決めた学校は全て落ち、自分で行きたい学校だけ受かった。それでも言葉にすれば否定される。わたしは言葉を、思いを、封じるしかなかったのだ。
【言葉にできない】
春といえば花、梅に桃に桜と次々花がほころんでいく季節である。春爛漫といえば、花々が咲き誇り日差しあたたかくやさしく風が吹いている光景が思い浮かぶであろう。
しかし現実は過酷である。春といえば強風。春一番とも言われるが、とにかく風が強く花を散らしてしまう。そして風と共に襲いくるのは花粉である。スギ、ヒノキ、シラカバもアレルギー源となるようだ。花粉症のかたは春爛漫なんぞと浮かれていられないのである。
更に桜の時期にはまだ夜が寒く、夜桜を見にいって凍えかけた経験がある。三寒四温の時期であり、寒暖差で心身を崩すかたも多い。
【春爛漫】
わたしは大人たちの罵声を浴びて育った。
毎晩酒を飲みながらお仕事の八つ当たりを兄やわたしに向ける父。訪ねてきては悪口しか言わない父方親族たち。
そんな中で、わたしは悪口って嫌だなあと思うようになり、自分では言わない人間のつもりでいた。
わたし自身が無意識に人を罵倒することがあるとは思いもしなかった。
誰よりも、ずっと口が悪く、言葉選びが辛辣できついのは、わたし自身だったのだ。
直したいけれど無意識なので直せずにいる、わたしの悪癖。
【誰よりも、ずっと】