ひとつだけ。
思い浮かぶのは、食卓に並ぶお皿のひとつだけが、湯気を立てて作りたてで美味しそうだったこと。
それは大人用のお皿で、わたし達子供はおとといのおかずを食べ、滅ぼせたら昨日の残りを食べ、それも食べ尽くしてからやっとありつけたお皿だった。
大人はお酒を飲みながら、出来立てのおかずを食べる。わたし達は黄色くガビガビに固まったごはんをかじりながら古いおかずを食べるしかない。
ごはんもガス釜で炊いた美味しいものだったけれど、滅多に口には入らなかった。
【1つだけ】
自分にとって何が大切かなんて、分からなくなってしまった。
小さい頃は、親の言いなりになるのが大事だった。
最初は命の危険を感じたし、成長してからは親の言う通りに育てばわたしは不幸になる、それを親に見せつけるのが復讐だ、と考えていた。
でも親はある程度の年齢で、お前が勝手にそう育ったのだと責任逃れをし始めた。
その後は、親より先に召されることを考えている。
自分で命を絶つことはしないが、サクッと消えられたら良いなあとぼんやり思っている。
どこまでも親への復讐しか考えていない部分がある。
【大切なもの】
人を騙さない万愚節を迎えたのは何年ぶりだろうか。
今日は正直、そんな気分ではなかった。
まだ、旧暦で二月十四日、バレンタインデーだよと言われるほうが良い精神衛生であった。
とはいえ、日頃エイプリルフールにはどんな嘘をついているかといっても、大したものではない。家族相手に、鼻毛出てるよ、とか、口元に食べカスついてるよ、とか、割と信じやすい、ささやかな嘘をついて、
お茶を濁している。
【エイプリルフール】
お幸せに。
この言葉は、例えばご成婚の式典などで良く耳にする。
でも思うのだ。結婚はゴールではなく、異文化コミュニケーションの始まりであって、文化的衝突の幕開けでもあると。
ちょっとした食文化、靴を脱ぐ向き、そういった全てがまったく違う異文化の民と暮らすんだから、「結婚イコールハッピー! お幸せに!」なんて気楽に言えないと思うのだ。むしろ、衝突が多いことを見越しているからこそ、ご苦労をしのんでご多幸を願う言葉なのかも知れない。
【幸せに】
このお題を見た直後に思い出したのは、やはりというか、養母の家に居た猫のことである。
片前脚を切断することになったチピという猫を皆がいじめないように、小屋をこしらえて夜はそこに入れていたのだが。日中は屋根の上が心地よいらしく、猫たちのお気に入りの日向ぼっこスポットであった。
そこから濡れ縁へ飛び降り、コンクリートの地面に降りるというのが猫たちの道であった。
ジャムという猫が、小屋の屋根から濡れ縁に飛び移ろうとした時だ。濡れ縁には空のバケツが置いてあり、ジャムは風邪気味であった。つまり、
くしゃん!
ジャンプ中にくしゃみをしてバケツに突っ込んだのであった。バケツは猫の下半身を生やしたままゆっくり転げ落ちた。ジャムはわたしの視線に気づいて毛づくろいを始めた。何でもありませんよ、と言いたそうに。
【何気ないふり】