もし頂けるんなら、無農薬の薔薇の花いっぱいがいいな。出来れば真っ赤ではなくて、少し色の薄めの赤のほうが、ジャムの出来上がりがくどくないと聞いた。
そんな風に考えるわたしにとって、花とは食べるもので、ジャムやコンフィチュールにするもので、飾ったりする感性はない。薔薇のジャムは好物で、ロシアンティーには大体添えるし、スコーンにクローテッドクリームと並べて紅茶を淹れるのも良い。薔薇のシロップがモナンから出ているが、クッキーに練り込んで焼いたこともある。
当然だが、こんなわたしに花束を下さるかたなどはいない訳で。まあもしいたとしても、その後の調理が大変なのは覚悟しなければならないのである。
【花束】
皆さんはスマイルと聞いて何を思い浮かべるであろうか? マックのスマイル0円? それともスマイル40(目薬)? スマイルマーク別名にっこりマーク?
わたしの場合は、ダンスダンスレボリューションが出た当初の頃のsmile.dkと答えておく。CDも何枚か買うほど好きだった。歌声が好みだったのだ。
今ではメンバーも入れ替わり、テイストも変わってしまったようだが。
【スマイル】
それはここでも書けないと思う。
まあ、大学時代のことかな。
思い出したくもないので、当然書くのも無理。
【どこにも書けないこと】
幼い頃、二歳に引っ越してから幼稚園年少まで、養父母が別にいた。続柄は祖母の妹夫妻。養母はわたしの誕生日にご逝去なさったかただ。
養父は噂で聞いた話、会社を経営して信頼した人にお金を持ち逃げされて乗っ取られたとかで、夜逃げしてきたということだった。その噂は養父も天に召されてから大分経ってから聞いた。養父のパイプに煙草の葉を詰めるのがわたしは好きだった。
養母は午後三時になるとぴたりとわたしの相手をしなくなった。見たい番組があったのだ。その間わたしは放置された。お漏らししても放置。話しかけても無視。段々わたしは時計が怖くなっていったのだった。
【時計の針】
幼い子どもの頃は、とってもお喋りだったらしい。
駅員さん、バスの運転手さん、店員さん、誰でもいいから大人をつかまえて、日常のあらゆることを喋り散らかしたらしい。
実の家族には人間スピーカーと言われた。
わたしの頭は回転が速かったらしく、次々と話題が溢れて止まらなかったようだ。
ある時までは。
いつだったかは小さ過ぎて覚えていない。ただ、親戚の誰かに、いつもニコニコ聞いてくれる大人に、突然、「うるさい。黙れ」とピシャリと言われて、言葉が出なくなった。その後沈黙を続けていたら「大人しく出来て偉いね」と褒められた。ますます言葉を失った。
今では言葉を発するほうが少なくなった。こうであれと望まれたのだと思う。
【溢れる気持ち】