僕のお気に入りのティーカップは、とても素敵な、例えるとアール・ヌーヴォーな感じの柄で、そこそこ良いものらしい。勿論ソーサーとセットだ。更に、カップに合うデザインの金色のスプーンまでついている。
お祝いごとの引き出物で頂いたので、一人暮らしなのに二脚あるけどね。
あるけれど、訪ねてくる人のあてが無くて、一脚は棚の奥にしまいっぱなしだ。
その封印を解く時が来るとは思っていなかった。
まさか僕に、パートナーが出来るなんて。
使い込んだ僕のカップを、重曹で洗う彼女。こうすると茶渋が落ちるのよ、と、新品のようにピカピカにしてくれる。
その後二人で頂いた紅茶はとても美味しかった。
彼女の焼いてくれたクッキーもサクサクで、紅茶も良い香りで、僕は胸いっぱいに幸せを噛み締めていた。
【ティーカップ】
ひとりで暮らしている時、わたしは絵を描き、文章をしたためて、バイトに行って帰って、玄米中心の食事をして風呂入って洗濯して、と、まあそんな生活だった。週に二回ほど散歩に行き、たっぷり五時間くらい歩いた。
寂しいと感じることは余りなかった。
でも、手を酷使し過ぎたのか、頸肩腕症候群を患った。ある時急に腕に電気が走り、痛くてペンを取り落とした。整形外科を渡り歩いた。病名がつくまでに何年もかかった。
今でも腕は不自由だ。指先はうっすらと麻痺しているし、グーパーはできない。握力もない。
絵が描けない。字が思うように書けない。箸が、歯ブラシが、うまく使えない。
まるで翼をもがれた鳥のようだ。病を患って、わたしはやっと寂しさを覚えた。
【寂しくて】
わたしはXジェンダーのアセクシャルである。
簡単にいうと性別自認が不明で、性欲と恋愛感情がない。
この用語を知る前から、なんとなく自分は人と違うと感じていた。
いつか女性になれるのではないかと夢を見た小学生時代。
中高では永遠に変声期前の少年と教師に評された。
自分は女性じゃないから、女性下着売り場に行けなかった。そこには明らかに境界線があったのだ。
大人になって、実家を出るために結婚して、そのあとに自分のセクシャリティを知った。結婚は友婚の感覚だった。
自分がマイノリティと知ってから、ある意味心の境界線があって自然だと感じられるようになった気がする。
【心の境界線】
僕は天使に出会った。
お財布を失くして絶望の淵にあったんだ。
勿論警察に駆け込んで、その場でカード類を止めようとスマホで連絡をしまくったり、お財布に入れていたお金は抜かれているだろうなとか、考えていた。
でも、そこに天使が現れたのさ。
塾帰りの小学生という女の子が、中身が全く欠けていない僕のお財布を拾って、警察に届けに来てくれたんだ。
この世の終わりとばかりにスマホに向かって泣き叫んでいた僕には、あの女の子は天使以外の何者でもなかった。
謝礼を渡そうとしたら固辞して、警察官がこれは受け取って良いお金なんだよと説明しても、女の子は僕を指して、そのお金はおじさんが使うためのものよ、と言ってするりと立ち去ってしまったのだ。
あの子の背中に透明な羽根が見えたのは、錯覚でも幻視でもないと僕は思うんだ。
【透明な羽根】
父が天国に行った。
健診を2年サボったら肺がんになっていて、胸膜に広がっていた。そして5回手術を受けた。最後の手術で出血が止まらず、母に手を振って手術室に入ったきり逝ってしまったと聞いた。
わたしは父の支配から逃れるため遠い県に住んでいた。高速で片道数時間。看取ることは無理だった。
お通夜で蝋燭を灯し、冷たくなった父を見た。
湯灌も、死化粧も拒んだ父の遺体には、薄らと無精髭が生えていた。
蝋燭を囲み、身内で葬儀の相談をした。
父の望む曲で送りたいと母。しかしCDは山とあってすぐに探し出せない。交代で蝋燭の番をし、CDを探した。プラモが好きだった父の棺にはプラモの写真を入れることにした。
そして父の机に遺書を見つけた。開くとたった一言。
「俺のものに触るな」
嘘のような、本当のお話。
【灯火を囲んで】