昨日までの暑さが嘘のようだ。
今日は僕は毛布にくるまっている。
洗って干して、冬に備えるはずだった毛布。
秋は暦の上に足跡だけ残して去ってしまった。
清々しい空、心地よい風が恋しい。
天高く馬肥ゆる秋。
秋の日はつるべ落とし。
そんな言い回しも今や聞かなくなった。
この世界から、秋が消えていく。
さあっと風が季節を撫でるように、夏が過ぎて冬が顔を出す。
【秋風】
ばさっと音がして、誰も触れていないのに、本棚から本が落ちた。
あれ、入れ方まずかったのかな?
最初はそう安易に思った僕だが、落ちた本を見て息を呑んだ。
アルバムだった。
落ちた衝撃で開いている。
そこには、この世にはもういないじいちゃんの笑顔。
じいちゃんの写真が、おさまっていた。
じいちゃんが何か言いたいのかな?
オカルトは信じないけれど、何となくそう感じた。
僕はアルバムを直して本棚に戻した。
コンビニにいこうと思って羽織った上着を脱ぐ。
今夜はいいや。出かける気が失せていた。
翌朝、そのコンビニに深夜、トラックが突っ込んだというニュースが入ってきた。
じいちゃん、ありがとう。
【予感】
小学校の友人と再会したのは高校の時、最寄り駅だ。
偶然の再会で、こんなこともあるのかと思った。
その友人に縁を切られたのは、わたしが成人の頃。
毒実家から家出した時だ。
学費を出して貰えているのに贅沢だと怒っていた。
わたしは家庭でのことは余り話していなかった。
人付き合い禁止、友人禁止、くらいかな。
部活もバイトも禁止とは友人に伝えていないと思う。
わたしの夢は全て潰し、世間体が大事だという親。
病気になれば怠け病と罵倒して放置。
傷んだ食事を食べさせられ、門限は厳しい。
DVだって毎日3時間くらい続いた。
謝ると何がごめんなさいだと殴られる。
生まれてきたお前が悪いと責められる。
もっとひどいことも言われた。
わたしは病み、それでも大学を留年せずに卒業した。
その後、ひょんなことでまた友人とご縁が繋がった。
今でもその付き合いは薄く長く続いている。
友人に感謝しかない。
【friends】
僕の大事な恋人には、言葉が届かない。
先天的に聞こえず、話せないのだ。
最初に彼女に会った時、僕は手話を習っていた。
僕は学生で、彼女は特殊養護学校に通っていた。
ボランティアのつもりで一緒にいた。
やがて、彼女の無垢な笑顔に惹かれていった。
彼女は自分の声量を調整できない。
だから時々びっくりするほど大きな声をあげる。
言葉にならない、感情。多くが驚きの声だ。
僕が手話で覚えた歌を、体を揺らしながら披露する。
彼女は途中から一緒に手話で歌ってくれた。
そして拍手。
あたたかい気持ちになった。
その後、彼女が何かの歌を手話で歌い始めた。
何だろう? わからない。
歌い終わって拍手をすると、彼女は照れたように笑った。
わたしの つくった うた
手話が、今の歌を彼女の自作だと告げる。
僕は、手話で答えた。
おぼえたいな おしえて いっしょに うたおう
こうして、彼女は僕の恋人になったんだ。
まだ、ポケベルや携帯、スマホが普及する前のお話。
【君が紡ぐ歌】
駅を出たら白い闇にみるみる視界を奪われた。
滅多に見ないほどの濃霧。
自分の手さえ霞んで見える。
足元もおぼつかない。
霧の中を泳ぐように歩く。
ここは家の近く、いつもの一本道。
濃霧が出ても、迷うはずがなかった。
さあっと霧が晴れた時。
太陽が眩しくて思わず目を閉じて。
ゆっくり目を開けて、声を失った。
ここはどこだ。
道すらない、荒れた野原に立っていた。
周囲の住宅もない。
自分の家も。
振り返ると駅がない。見えないのではなく、ない。
ただただ、荒野が広がっていた。
自分は過去に来てしまったようだ。
穿いていたズボンが、昔風のもんぺに変わっていた。
ばあちゃんに会いたいな。まだお若いのかな。
最期まで聞けなかったレシピ、聞けるかな。
地形と記憶を頼りに、冒険が始まった。
【光と霧の狭間で】