東堂君のお父さんが北米支社の駐在員としてお仕事をすることになって、東堂君は就学前まで家族でシアトルに住んでたんだ。
そこでの東堂君のシッターさんが白人の独身女性だったんだよ。
東堂君は子供の頃は、シッターさんのことを不美人だと思ってたの。
というのも、下から彼女を見上げると鼻の穴の形が日本人より長くてなんともビックリしちゃったんだ。
でも、高校生になって白人の美しく高い鼻の穴って長いって知ったんだって。
そしたら、あの頃のシッターさんも美人だったのかなって思っちゃうんだ。
でもそんなことよりシッターさんがめっちゃ優しかったことを懐かしく思い出すみたいだね。
「子供の頃は」
むかし、イケメン猫は天使として、前だけを見つめ進むことだけが美徳であるという教えに添って働いていた。それについて疑問を挟んだりはしていけなかった。それが無垢な心と言われていたんだ。
だけどこの世界にやって来てからは、前だけでなく横や後ろも大切にすることを学んだ。
そうしなければライオンの尻尾を踏んでしまうかもしれないからね。
より良い方向を自分で選ぶことを日常的に何気に行なっているんだ。
音楽を聴きながら過去を振り返り、お食事をしながら未来を見据えたりするのさ。
「日常」
こんな岩盤浴室。
深い矢車草色と菫色に発光し輝き満ちる大気。
オーロラの奥行きを持ち星々がまたたき流れる。
背には大地の温もりが広がり、内なる水脈のそよぎが聞こえるリラックスタイム。
「好きな色」
あなたがいたから影法師である僕はここにいるわけなんだよ。あなたは本体だからね。
あなたが光にしっかり当たってくれると僕は元気にハッキリとした姿を見せることが出来る。光の世界で邁進してるのはいいことだ。
それに僕の方も影法師としてあなたをしっかりと映しているからあなたは安心して地に足をつけて生きていられると思うのさ。
時に立ち止まって抑制することだって必要だ。
僕たちは文字通り陰と陽、裏と表、背後と前というように相反で必要不可欠な関係なんだ。
バランスを保つって大切さ。
「あなたがいたから」
雨粒が単調に窓を流れていく。老人はソファにゆったりと座り雨の音をそっと聞く。孤独という名の雨音が耳に響く。彼の意識は半世紀前の記憶へと遡る。
今、その老人は15歳の少年に返っている。少年は初恋の美しい少女と、ひとつの傘の下でどこか夕暮れを歩いている。彼女と寄り添いながら一日の出来事を語り合う。幸せな雨の匂いがただよう。
しかし、彼女はいつしか孫の話を始める。少年が彼女を見ると、そこには艶やかな黒髪の少女ではなく白髪の見知らぬ女性がいた。そして彼自身もまた老人の姿に戻っていた。
幸福な雨も隣を歩く相手も一瞬にして消えてしまう。どうやら老人はうたた寝をしていたようだ。
老人の孤独とは、たとえば月の裏側を相合傘で歩くような幻想をいだかせるものなのかもしれない。
「相合傘」