雨粒が単調に窓を流れていく。老人はソファにゆったりと座り雨の音をそっと聞く。孤独という名の雨音が耳に響く。彼の意識は半世紀前の記憶へと遡る。
今、その老人は15歳の少年に返っている。少年は初恋の美しい少女と、ひとつの傘の下でどこか夕暮れを歩いている。彼女と寄り添いながら一日の出来事を語り合う。幸せな雨の匂いがただよう。
しかし、彼女はいつしか孫の話を始める。少年が彼女を見ると、そこには艶やかな黒髪の少女ではなく白髪の見知らぬ女性がいた。そして彼自身もまた老人の姿に戻っていた。
幸福な雨も隣を歩く相手も一瞬にして消えてしまう。どうやら老人はうたた寝をしていたようだ。
老人の孤独とは、たとえば月の裏側を相合傘で歩くような幻想をいだかせるものなのかもしれない。
「相合傘」
石は落ちる。鳥も落ちる。
空は落ちる。地も落ちる。
星は落ちる。人も落ちる。
愛は落ちる。夢も落ちる。
優しさは落ちる。包む両手も落ちる。
全てのものが落ちて
受けとめ合う。
そして僕たちをつなぐ。
「落下」
薄暗いトンネルを抜けると、そこは光が満ちる広大な空間だった。
最初に目に入るのは、心を打つ旋律を奏でる名演奏家の楽器たち。
周囲には静けさを奏でる秀悦な詩が響き渡り、感慨深い名作の絵画が色彩を添えている。
歩を進めると、過去の精神と現代の洞察が交差する場所が現れる。
タペストリーが語るのは、古代の賢者の言葉や世界中の人々に愛され語り継がれた物語。
心の奥底に触れるような美しい数式や自然の摂理が宿る。
この場所は人々が抱える内なる葛藤や希望を映し出す多義的な存在。
未来に続く道標として人類の知恵や情熱を受け継ぐ聖域なのだ。
「未来」
☆Mライブラリー ニ ムケテ
空は彼方で引き上げられ、のし掛かり、そして彷徨う。
それはレジデンスの窓から辿る不確かな返事。
物音は机の小さなコーヒーカップに飲み込まれて消えていく。
通りでは晴雨兼用の傘が曖昧な無表情さで空に向けられていた。
「あいまいな空」
陽光に木々の緑が深まり
あじさいが鮮やかなピンクに艶めく。
6月のノルマンディに咲く
華やかなあじさいが元気をくれる。
これらのあじさいが海底に沈んでしまうなら
きっと寂しく美しく青ざめてしまうだろう。
このまま色褪せぬ限り
海底に潜む姿は見えぬまま
心の奥深くに咲き続ける。
「あじさい」