35あの頃の不安だった私へ
就活で100社落ちた。
人生が不安になった。
結婚をしようと思った。
お見合いでおじさんばっかり紹介された。
何もかもいやになった。
おじさんはお金をたくさん持っていた。
おじさんは私の100社落ちの話をうんうんと聞いてくれた。
おじさんは苦労している女の子が好きなんだと気づいた。
苦労している話をするだけで、おじさんはお金を貸してくれた。
そのまま連絡をとるのをやめると、お金だけが手元に残った。
お金は口座に1000万たまった。
就職はまだ、決まっていない。
でもあの頃の不安は、もうない。
34 逃れられない呪縛
我が家はメシマズの家系である。
逃れられぬ因業、つきまとう人生の影、それがメシマズである。
レシピの通りに作れば失敗しないでしょ?などという正論は、メシマズの呪縛の前には無意味である。
レシピ通りに作っても、何故かカレーはしょっぱいし豚汁の味はしない。そういうものである。
そんなメシマズの末裔たる私は、イタリアンレストランのシェフと結婚し、男女の双子を産んだ。
果たしてこの子たちは、メシマズとして生きるのかメシウマとして生きるのか。
夫は両方をメシウマにしたいと張り切っている。
私は余計なことをせず、市販のベビーフードやクックドゥを使い、最新の注意を持って子供たちを育てようと思う。それが私に注げる、最大限の愛情である。そういう愛も、あるのである。
33 理想のあなた
松原エリカは、首の辺りをへし折られて農道に捨てられていた。すっかり土まみれで、悲しげな目を宙に向けている。松原のおじさんは、理想通りの働きをしないエリカに厳しく、しょっちゅう小突いたり蹴ったりしていた。だからってこんなのあんまりだ。どうにかしてやりたくてその体を持ち上げようとした。重い。物言わぬエリカからは確かに、何か情念のようなものを感じる。胸元には名前の書かれた名札がある。エリカという名前をつけたのはおじさんだ。初恋の女性と同じ名前だって、嬉しそうに話していたのに。
とにかく僕はエリカを運び、どこかで二人きりになる。隠すんだ。僕の家族も松原のおじさんも、誰も知らない所に。それで僕らは、二人きりになれる。だれがなんと言おうと、僕はエリカが好きだった。僕にとっては理想の女性だ。
「ああ、あそこにあったやつ? 役に立たないから、引っこ抜いてバラしたよ。半分ネタで作ったけど、気休めにもなりゃしなかった。気がついたらなくなってたけど。あんな廃材、誰かがもってったのかね?何に使うんだか。あんなカカシ」
32 突然の別れ
人間には角がついていて、ある日突然ぽろりと落ちる。落ちたその日から、その人は大人になる。そういうことになっている。私はクラスで一番立派な赤い角を持っている。ここ数日、付け根のあたりがむずむずするので、たぶんもうしばらくしたら落ちるだろう。落ちた角は、桐の箱にいれたり正絹の布で包んだり、海に流したりする。私はペットのマルに食べてもらおうと思う。マルは大きな雑食のとかげだ。ずいぶん長生きしていて、かつては私の父の角も食べた。落ちるのが楽しみでもあるし、少しさみしい。角とはそういうものなのだ。
31真夜中
15歳の真夜中にキスだけした相手と、30数年間ずっと友達をやっている。ポケベルがピッチになってケータイになってスマホになるくらいの時間だ。お互いいい年なので、最近は18時に集合して20時に解散する。その時々の友達も交えたり交えなかったりで、軽くごはんだけ食べて解散。色っぽいことなんて何もない。もう若くないから、二軒めはしんどいし、帰ったらお風呂に入ってストレッチしてすぐ寝る。真夜中の過ごし方なんて忘れてしまってからの方が、人生は長い。今日食べたコースの天ぷらはおいしかった。次はそば懐石なんていいね、という話をして別れた。初恋の相手と食べる渋いメニューも、なかなか悪くないものだったりする。そんな、今日この頃である。