【列車に乗って】
このご時世には珍しい汽車だった。
蒸気の中に座っているかのような蒸し暑さを温いミネラルウォーターで誤魔化して、私はあの人とこの機関車に乗っていた。汗が滝のように出て、このままアイスのように溶けてしまいそうだった。
いや、むしろ溶けてしまった方が楽だろうか。心臓がバクバクして、嫌な汗もだらだらと混じって流れる。
爪の間に、まだアレの血液が残っているような気がしてきた。
隣にはイヤホンを耳につけたあの人が居た。何かバラエティものでも見ているのか、時々小刻みに肩を震わせる。
それがいつも通りの光景と似通いすぎて、吐き気が込み上げる。何故、どうして、どうして、自分の隣を人殺しに預けて、その死体も見て、その上でバラエティものを見て笑える。頭がおかしくなっているとしか思えなかった。
何故?私の震え声の告白を聞いた途端、親の財布を引っ掴んで、電車、いや汽車を手配して逃亡しようだなんて。なにもかも判断が早すぎる。友達ってだけで?
何もかもわからない。わからないけど、正気が今の今まで保てているのもこの人のおかげに違いなかった。
遠くの街に行けたら楽だろうな
宿題だとか人間だとか 全部忘れたいな
時間だの自分だの考えずに一人旅して、スズメ見て、山見て、知らない店の中散策したいだけなんだよな
現実が現実である保証ってどこにあるんだろう
頭打ったりなんだりしたらその人にとっての現実なんてすぐ変わっちゃうんだから
現実なんてそこまで絶対的ではないのではないだろうか
現実なんてなくて、あるのはその人の目に映る景色だけなのでは無いのだろうか
この思考も現実逃避かな
夢の中で死んでも次があるのに
現実の中で死んだら何もかも消えてしまうっていうのがたまらなく恐ろしい
私にとって現実世界との絆が切れる事は、世界が消えてしまうことに等しい
【君は今】
小さい頃よく抱きついていた汚れまみれの大きな犬のぬいぐるみ
大人の背丈くらいはあったんだよな
確か洗濯で落ちないくらい汚くて捨てられちゃったんだよね
今頃どこにいるかなあ ゴミ処理場で燃やされた後の灰ってどこに行くんだろう
やっぱり今頃土かなあ
【物憂げな空】
親に叱られたり、兄弟に微妙に傷つくこと言われたり、友達に笑われたり。
今日は嫌な事が多い日だった。でもみんなの前では泣かなかった。
だって彼らは悪気があるわけでは無いのだ。自分が勝手に傷ついているだけで、相手にはもっと事情があるのだから、泣いたら関係が壊れてしまう。
彼らだって、言いたくて言ってるわけじゃ無い。僕が泣いたら、その傷をより深めてしまう。
上を見ると、分厚い雲のベール。鬱屈としていて、今にも泣き出しそうだった。
もう雨に降られてもいいかな、って思ったけど、5分経っても10分経っても20分経っても、最初の一粒は全然降りてこない。そのくせ雲はより黒々と厚さを増す。
そっか。君も僕のために我慢してくれているんだな。
ありがとう。
僕は勝手にそう解釈して、そそくさと早めに家に帰った。