空が泣いている。
君の悲しみが、嘆きが、
この雨を降らせているのだろう。
さて、こうしてはいられない。
準備をしなくては。
僕は、清潔で綺麗なハンカチを鞄に入れた。
ついでに美味しいお菓子とお茶も持っていこう。
ハンカチ、良し。
水筒のお茶、良し。
コップ、良し。
お菓子、良し。
傘の準備、良し。
雨靴、良し。
優しい目、濁りなし。
あっ、大きめのタオルも持っていこう。
鞄がパンパンだ。
でも、これで良し。
準備は整った。
泣いている君の元へ言葉を届けに行こう。
お節介?
そうだね、お節介かもしれない。
でもね、これが性なんだ。
ごめんね。
わがままで。
外に飛び出れば、ザーザーと降りしきる重い雨。
傘を叩く雨音のなんと大きなこと。
これでは嘆きの雨が、深く冷たい悲しみの海になってしまう。
もしそうなっても、普通に行くけどね。
君が「嘘だ」「信じられない」と冷たい悲しみの海に潜るのなら、海底まで迎えに行こう。
迎えに来なくて良い?
ごめん。
行くって決めちゃったから、諦めて。
君がいるのはきっと彼処。
胸に聞くとわかるんだ。
心が指し示す道を行けば、ザーザー降りの雨が強くなってきた。
君がいる場所までもう少し。
大丈夫、必ず見つけるから。
烟る雨の先に人影が見えてきた。
見つけた。
君だ。
君がいたのは、悲しみの雨が生み出した嘆きの海。
暗い顔をして、冷たい海に膝まで浸かっていた。
傘もささないで、雨にうたれている。
海の側には小さな掘っ立て小屋がある。
傘とハンカチ以外はそこに置いていこう。
雨靴も脱いで、さあ、君の元へ。
海に足をつけると、君は驚いた顔をした。
海の中に入る者なんていないと思っていたのかな?
僕は君を助けに来たんだ。
君の痛みを知らないで、助けることは出来ないだろう?
波に抗いながらジャブジャブと進む。
凍える程に冷たい水。
いつまでも浸かっていたら風邪をひいてしまうよ。
せめて、この傘を使って。
僕の差し出す傘に怯えた君は、後退りして、ますます海に入っていく。
怯える君の瞳の奥に、怒りの炎が燃えている。
何を見ても怒りや苛立ちに変えてしまうその瞳は、自身をも傷つける危険な瞳だ。
僕は傘を閉じると海に投げ捨てた。
丸腰となった僕に君が、呆気にとられた顔をしている。
ごめんね。
僕は心の中で謝ると、一気に君との距離を詰め──君を抱きしめた。
冷たい海に浸かり、雨にまで濡れる君の体は氷のように冷たい。
僕の熱が君に伝わるように、ぎゅっと抱きしめる。
悲しかったんだね。
こんな冷たい海に浸かるほど、苦しかったんだね。
大丈夫。
受け止めるよ。
君が感じた事すべて。
君は優しすぎる人だから、大変だったでしょう?
大変なのに、自分のことには蓋をして誰かに優しさを配りたくなってしまうんだ。
それは何故か、君はわかるかい?
僕はね、その答えを知っているよ。
苦労や悲しみ、心の痛みを知っているから、人に優しくなれるんだ。
ありきたりな言葉だと思った?
でも、本当なんだよ。
優しい君には当たり前過ぎて、見落としてしまったかな?
なら、それを拾って君に渡すよ。
努力家の優しい君。
もがくことを止めた君の肩が震えている。
僕は何度も君の背をさすった。
大丈夫。大丈夫。
何度失敗しても、何度挫けても、やり直せるから。
君が生きることをやめない限り、大丈夫。
君が願うことは叶うよ。
このハンカチ、良かったら使って。
涙を拭いたら、この海を出よう。
海岸の小屋が見えるかい?
彼処で一休みしよう。
体、冷えちゃったでしょう。
大きめのタオルを持ってきたから、是非使ってね。
温かいお茶もあるし、美味しいお菓子もあるよ。
ひと心地ついたら、君と語り合おう。
沢山語ろう。
君が言えなかった言葉も教えてね。
全て受け入れるよ。
肩を寄せあい二人が冷たい海を渡りきると、頭上からあたたかい光が降り注いできた。
悲しみの海は姿を消し、一面に色鮮やかな花が咲き乱れていく。
見事な花畑を穏やかであたたかな日差しが、照らしていく。
嘆きの雨が止んだ空には、綺麗な青空が広がり、虹がかかっていた。
────────────────────────
空が泣く
君からの
LINE期待し
待つ夜明け
前向きな
君の言葉を
待ち焦がれ
思いを馳せる
君との未来
────────────────────────
君からのLINE
夢はあるかと聞かれたら、もう叶えている。
そう、答えられるのを最近知った。
「頭の中にある物を現実に生み出したらね、それはもう夢を叶えたことになるの。欲しい物を手にすることも夢のひとつなのだから、物を生み出すことも立派な夢なのよ」
休みの日の長閑な昼下がり。
お茶を片手に母親と談笑している時、この言葉をもらった。
これを聞いた時、私は目からウロコが落ちる思いがした。
自覚は一切なかったのだが──
どうやら私は、毎夜夢を叶えていたらしい。
夢を叶えることはもっと大変で、苦労がつきものと思っていた。
色んな困難や難解なものを克服する為に必死に努力して、夢や信念にしがみつくことが、夢を叶えることだと思っていた。
ただ好きでやっていたことが、まさか夢を叶えていることになっているとは──驚きだ。
「例えば、作品とも呼べないラクガキとかでもそうなのかな?」
好奇心から母親に尋ねると
「頭の中にあるものを現実化させているのだから、それもそう。お料理だって、お掃除だってそうなのよ。頭の中のイメージを現実にするのだから、立派に夢を叶えているの」と母親は言った。
夢というのは、案外ハードルが低いらしい。
そう思うと、肩の力が抜けていくのを感じた。
自分らしくいるだけで、もう夢は叶っているし、叶える力がある。
こんなにありがたいことはない。
夢というのは、しっかり考えなくてはいけないもので、将来の道しるべになる重要なものという印象があった。
けれど、母親の言を信じるならば、叶えられる夢は沢山ある。
故に夢を叶える力は誰にでもあって──それが大きい夢か、小さい夢かだけの違いでしかない。
ベイビーステップを重ねて自信をつけ、大きな夢に挑んだって良いのだ。
それに、この世界にある──人が作り出した──物は、誰かの夢が実現したもの。そう思うと心が優しくなり、愛おしい気持ちが湧いてくる。
「実現するまで頑張ったんだろうな」
「夢が叶ったんだね、おめでとう」
「作ってくれてありがとう」
想像すればするほど、世界には光が沢山あるように見えてくる。
これは幸せなことではないだろうか?
そう思うと心が軽くなり、ワクワクしてきた。
この命が燃え尽きるまで、どれくらいの夢を叶えることが出来るだろうか。
母親の理屈を元にすれば、きっと万ではきかないくらい、夢は叶えられる。
「夢」の億万長者も夢じゃない?
何だか、楽しくなってきてしまった。
穏やかな思慮深い心も好きだけど、こういう楽天的な心も私は好きだ。
これからも心が望むままに、軽やかに夢を叶えていこう。
自分らしくで良いのなら、これほど気楽なものはない。
楽しくて明るい道を行こう。
そうすればきっと、楽しいことと出会えるから。
─────────────────────
命が燃え尽きるまで
何かが起こりそうな夜明け前。
されど、心は静か。
穏やかな優しい気持ちに満ちている。
さあ、扉を開けて
黄金の夜明けを見に行こう。
新しい一日を祝福するために。
黄金の光に包まれたなら、
もう、迷うことはない。
心が望む行きたい場所へ行き
会いたい人に会いに行こう。
本気の恋。
人を好きになるまでの流れを整理すると、下記のようになる。
気になる人を見つける
↓
相手がどんな人なのか興味が湧く
相手が何を考えているのか知りたがる
相手とコミュニケーションを取りたくなる
↓
行動
↓
相手との類似性や共通点、相違点を見つける
↑
ここで好きになるか、嫌いになるかの分岐点が発生する。
分岐点で暖かい情ばかりが生まれると、不思議なことが起きる。
共通点を見つけて嬉しくなる事によって起こるバグなのだろうか。
興味や好奇心から始まったことなのに、「興味」が「恋」に成り変わる時がある。
これをバグと捉えるか、正常反応と捉えるのか、その答えはわからない。
しかし、恋というものが生まれると人はバグを起こす。
勇気を出して行動したかと思うと、ちょっとしたことで凹んだり──。
相手と話すだけで嬉しいのに、急に不安になったり──。
「どうして傍に居てくれるの?」と聞きたいのに、臆病になったり──。
相手の優しさに胸が温かくなって、子どものように泣きじゃくったり──。
相手と自分が釣り合っていないように感じて申し訳なく思ったり──。
相手を思っての行動が空回りしたり──。
挙げていったらキリがない。
暖かい愛情の光の中にあるのに、胸の影が強く現れて、自身をコントロール出来なくなってしまう。
端から見れば「何してるの?」と言われるような事でも、当人はクソ真面目であったりするのだから、なんと言ったら良いのだか。
空回りしている当人は、「愛情」の出力が下手になっていることにも気がつかない。
恋愛は脳のバグという謂れは、多分この辺りから来ているのだろう。
恋と脳のバグが解けたところで、肝心の「本気の恋」についてだが──私はそれを「愛」と呼ぶのだと思う。
恋の後に愛が生まれるから「恋愛」と書くのだとしたら、本気の恋の正体は「愛」だ。
「生きてくれているだけで嬉しい」と相手に対して思う時、それはきっと自身の中で愛が生まれているのだと思う。
それに気が付き、心の中心に愛を据えたなら、もう胸の影を恐れることはない。
愛によって影は癒され、消えていくのだから。
その先に待つさらなる光こそ、本当の愛なのかもしれない。