それでいい…。
(´ε`;)ウーン…
最近ラボ組ばかりになってるからなぁ…。
────────────────────────
空から文字が降ってくる。
「今日の文字は…」
俺は空を見上げ、思考の海に降り注ぐ言葉を眺めた。
長い文章の羅列だ。
しかし、プロの文章ではないようだ。
ところどころ「てにをは」が狂っている。
どう見ても素人の文だ。
おや、空中で文字が消えていく。
どうやら本体が文章を考えているらしい。
「今日も今日とて悪戦苦闘か…」
何気なく言葉を漏らすと、
「てにをは」が直った文章が再び降ってきた。
文章作りは1日にしてならずだ。
不慣れなことは時間がかかる。
それでも──手間暇かけても楽しんでいるならば
「それでいい」
それが長続きの秘訣なのだから。
男は緩やかな笑みを浮かべながら、
空から降り注ぐ文字を静かに眺めた。
1つだけ…。
うーん…(・ัω・ั)
物語が良いかな…。
短く、短く。
────────────────────────
午後3時。
給湯室に置いていたお饅頭が減っている。
昨日まで未開封だったそれは、6個入りのところ4個減っている。2個しか入っていない。
昨日の夕方に一度給湯室に入った時は未開封のままだったので、無くなったのは、夕方から夜にかけてだろう。
昨日遅くまで研究所に残っていたのは一人。
…犯人はあの人に違いない。
「博士!お饅頭食べたでしょう!」
研究所のドアを開けて早々、私は博士に詰め寄った。
「あれは来客用でもあったんですよ!それなのに1人で4つも食べちゃうなんて!今日はお茶菓子抜きですからね!」
私の勢いに博士は目を白黒させると慌てた様子で手を横に振った。
「ちっ、違うよ。誤解だよ」
「何が誤解なんです?」
昨日遅くまで残っていたのは博士しかいないのに、何が誤解だろうか。
内心息巻いていると、博士は眉をハの字にしながら事の真相を話しだした。
「昨日君が帰った後、来客があってね。来客と言っても学生時代の友人たちなんだけど。4人ともバラバラなところに務めているのに駅で偶然出会ったらしくて。飲みに行こうってなったらしいんだ。で、たまたま選んだお店が研究所近くだったから顔を出してくれて。飲み会は断っちゃったけど。代わりに、お茶と一緒にあのお饅頭を出して…。あの、だから、その…。僕は、食べていないよ」
博士は力なく笑うと、
僕はそんな食いしん坊に見えるのだろうか。と小さく呟き、しょんぼりと項垂れた。
その様子を見て今度は私が慌てる番だった。
「ごっ、ごめんなさいっ!とんでもない勘違いをしてしまって…」
件のお饅頭は、駅前商店街の老舗和菓子店が手作りしているものだ。
日持ちはしないが絶品で、来客からの評判もすこぶる良い。
かくいう私も博士もあのお饅頭が大好きだ。
名目は来客用として用意してあるが、消費期限が迫れば私達のお茶菓子になっている。
今日私が給湯室で確認したのだって、賞味期限がそろそろ迫る頃だと思ったからだ。
3時のおやつに博士と食べようなんて浮かれていたからこそ、あの怒りに繋がってしまったわけで…。
でも、こんな勘違いだなんて。穴があったら入りたい。
「3時…。おやつの時間だったんだね」
博士が壁にかけられた時計を見ながらポツリと言葉を発した。
「君と3時の休憩を取るのが楽しみなんだ。…僕にもあの美味しいお饅頭を1つだけくれるかい?」
「私の分も良ければ食べてくださいっ」
私が謝罪の意味を込めて力いっぱい答えると、博士は軽やかな笑い声をあげた。
「ありがとう。けどね、僕は君と美味しいものを共有する時間が好きなんだ。だから、1人1つずつ仲良く食べよう」
博士はそう言うと優しく微笑んだ。
大切なものは人それぞれ違う。
誰かにとって不要なものだとしても
誰かにとっては宝物。
その視点で物事を見ると、
世界は誰かにとって宝物で溢れている。
さて、今日のテーマは「エイプリルフール」
日本語にすると、四月馬鹿。
さてさて、どうしよう。
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「エイプリルフールの起源を知ってるか…ですか?」
研究室に入って挨拶もそこそこに問いかけてきた博士に、私は疑問符をつけて質問を復唱した。
「うん。今朝研究所のカレンダーを捲ったら、エイプリルフールの文字が目に入ってね」
私は壁にかけられたカレンダーをチラリと見る。昨日まであった3月の文字は、4月に変わっていた。
ふーん、もう、カレンダー4枚目なんだ。
光陰矢の如しって言うけれど、年々速度を増してて恐ろしいなぁ。
脱線する思考の向こうで博士の声が続いている。
「エイプリルフールって、諸説あったなぁなんて思って。君はどんな諸説を知ってるのだろうと気になっちゃってね」
エイプリルフールに諸説あることを「今」知った私は、どうすれば良いのでしょうか。
博士がキラキラと期待の眼差しでこちらを見てくる。
そんな無垢な目で見ないでくださいと強く言いたい。言いたいけれど、言ったら博士凹んじゃうからなぁ…。
「すみません、ルールは知っていますが、起源は知らなくて」
お役に立てず、すみませんと謝ると、博士は慌てた様子で謝ってきた。
「いやいや、こっ、こちらこそ、きゅ、急に変な質問してごめんね」
吃りつつ声が裏返っている。
博士は好奇心が強い人ではあるけれど、それ以上に気遣いの人でもある。
きっと、内心で「やってしまったー」と頭を抱えているに違いない。
「博士はエイプリルフールの諸説をご存知なんですよね」
どんなのがあるんですか?と訊ねると博士の目が生き生きとし始めた。
博士曰く──エイプリルフールの由来の一つにイングランドの王政復古の記念祭である「オークアップルデー」があり、嘘は午前中までとかのルールはここから来ているらしい。
もう一つは、インドの「揶揄節」が由来とする説。
悟りの修行は春分から3月末まで行われるが、すぐに迷いが生じることから、4月1日を「揶揄節」と呼んでからかったことがそのはじまりらしい。
この2つ以外に、嘘の説も存在しているとのこと。
嘘の日の嘘の諸説とは…なんだかエイプリルフールらしくて面白い。
諸説あるエイプリルフールだが、日本に伝わったのは
大正時代。日本のエイプリルフールの歴史は百年ほどということになる。
「でもね、日本に伝わった当初は嘘をついて良い日ではなかったんだ」
博士の穏やかな声がやわらかく響く。
「嘘をつく日でないなら、何をする日だったんです?」
「当時は、【不義理の日】と言われていてね。不義理をしてもよい日。…ではなく、義理を欠いている人に手紙などで挨拶をして、御無沙汰を詫びるための日だったんだ。今みたいなお祭り騒ぎも面白いけれど、昔の穏やかで慎ましやかな雰囲気も素敵だよね」
私は、大正時代の4月1日を思った。
今のようにテクノロジーがない時代。
スマホや新幹線、飛行機なんて便利なものはない。
その為、会いたくてもすぐに会うことは出来ないし、声を聞きたくてもすぐには叶わない。
ご無沙汰をしてしまうと、生き死にすらもわからなくなってしまう。
でも、4月1日に「お元気ですか?」と書かれた手紙が行き交い、ご無沙汰の人を思い出す。
「ああ、あの人は達者で暮らしている」
そんな安堵と共に手紙を通して再び縁が繋がっていく。
なんて穏やかな光景だろうか。
「素敵な行事だったんですね」
私の言葉に博士は優しく微笑んだ。
「お幸せに」
心を込めて人へはなむけた数と同等
または、それ以上に
貴方が幸せになりますように。