バレンタインは、ご褒美チョコの日と化して久しい。
日々の疲れにちょっとお高いご褒美チョコ。
しかも期間限定品とくれば、気分も上がるというものだ。
普段のチョコも十二分に好ましいものだが、バレンタイン時のチョコはデザインや素材の拘りなど視覚、味覚共に華やかで嬉しい。
美しいチョコをこれまた美しいデザインの缶に入れているのもにくい仕様だ。
ココだけの話、缶欲しさに購入してしまったチョコもある。
華やかなチョコを前に「バレンタインって恋人のイベントなんだよな…」と、我に返る瞬間もある。
だが、まあ、硬いことは言わず、美味しいチョコを食べる日で良いではないか。
恋人のためだろうと、自分のためだろうと、幸せであるなら何の問題もないのだから。
風邪薬が切れた。
さっきまで違和感のなかった喉がイガイガし始め、鼻の奥もツンツンと痛む。
薬という枷が取れて、風邪が好き勝手し始めたようだ。
風邪っていうやつは厄介だ。
はじめは喉の痛みだけだったのに、気づいたら鼻にまで魔の手を伸ばしている。
鼻が詰まるせいで息はし辛いし、頭もぼんやりするし、喉のイガイガは咳したくなるし、あぁもう、鬱陶しいったらありゃしない。
こうしている間にも風邪は体を侵略しようとしているのだろう。
…寝込むわけにはいかないのだよ、こちとら。
デスクワークを中断し、引き出しの中にしまっておいたポーチの中から、風邪薬を一回分取り出す。
ペットボトルの水、準備OK。
好き勝手暴れてくれてやがる風邪さんへ
ちょっと待っててね、今から薬をキメた免疫細胞達があなたのもとに向かうから。
首洗って、待っててね。
私はにこやかに微笑むと薬を口に放り込んだ。
言葉というものが
何かを他者に伝えたいという願望から
生まれたものだとしたら
人が言葉を通して伝えたいと思う気持ちは
自然であり、必然である。
空から幾何学模様が落ちてきた。
突然の飛来物がやって来るのはこの場所では、日所茶飯事であり、今更慌てることではない。しかし、今回の飛来物はなかなかに珍しい。
「文字の出来損ないだ」と思考の番人が思う間もなく、幾何学模様は海へと姿を消した。
文字や言葉を取り入れた海は荒れるものだが、幾何学模様の処理に困っているのか、または判定外なのか荒れる様子はない。
「本体が不調のようだな」
「私達思考系は体調に左右されるからね。言葉を紡ごうとしても解けてしまうのでしょう」
ポツリと呟いた言葉だったが、隣に立つ初代は聞き逃さなかったらしい。
相変わらず耳聡い。
「また思考の海が汚れる。って怒らないの?」
初代が意地悪そうな目をしてコチラを見てくる。
「別に」
素っ気なく返すと初代がにんまりと笑っているのが見えた。気にせず言葉を続ける。
「本体が、文章に向き合う事に意味があったように、俺がこの場所でこうしていることにも意味があった。それを知った今ではもう何とも思わんよ」
淡々と紡いだ俺の言葉に初代は
「成長したわね」
と微笑んだ。
「…思考の海が汚れてもまた本体が綺麗にするしな」
俺の言葉に初代は、一瞬きょとんとし、堰を切ったように笑いだした。
この場所でこうして他愛のない会話をする相手も戻ってきた。
どんなに無駄に見えることも、そこに意味を持たせれば無駄ではない。
初代の明るい笑い声を聞きながら、俺は穏やかな心象風景に身を委ねた。
誰もがみんな
自分自身を知らないままこの世界にやって来る。
何が出来て、何が苦手で
何が好きで
どんなことに心が震えるのか。
それらは全て
この世界で体験して初めて知っていく。
そして、その過程は
みんなバラバラであり、
体験できることも
得られる価値観もしかりだ。
誰もがみんな自分のことを探す旅の最中であり
誰もがみんな長所短所を持ち
誰もがみんな万能ではない。
そう思うと、この世界の懐は案外広いのかもしれない。