空から幾何学模様が落ちてきた。
突然の飛来物がやって来るのはこの場所では、日所茶飯事であり、今更慌てることではない。しかし、今回の飛来物はなかなかに珍しい。
「文字の出来損ないだ」と思考の番人が思う間もなく、幾何学模様は海へと姿を消した。
文字や言葉を取り入れた海は荒れるものだが、幾何学模様の処理に困っているのか、または判定外なのか荒れる様子はない。
「本体が不調のようだな」
「私達思考系は体調に左右されるからね。言葉を紡ごうとしても解けてしまうのでしょう」
ポツリと呟いた言葉だったが、隣に立つ初代は聞き逃さなかったらしい。
相変わらず耳聡い。
「また思考の海が汚れる。って怒らないの?」
初代が意地悪そうな目をしてコチラを見てくる。
「別に」
素っ気なく返すと初代がにんまりと笑っているのが見えた。気にせず言葉を続ける。
「本体が、文章に向き合う事に意味があったように、俺がこの場所でこうしていることにも意味があった。それを知った今ではもう何とも思わんよ」
淡々と紡いだ俺の言葉に初代は
「成長したわね」
と微笑んだ。
「…思考の海が汚れてもまた本体が綺麗にするしな」
俺の言葉に初代は、一瞬きょとんとし、堰を切ったように笑いだした。
この場所でこうして他愛のない会話をする相手も戻ってきた。
どんなに無駄に見えることも、そこに意味を持たせれば無駄ではない。
初代の明るい笑い声を聞きながら、俺は穏やかな心象風景に身を委ねた。
2/11/2024, 2:54:14 PM