言葉というものが
何かを他者に伝えたいという願望から
生まれたものだとしたら
人が言葉を通して伝えたいと思う気持ちは
自然であり、必然である。
空から幾何学模様が落ちてきた。
突然の飛来物がやって来るのはこの場所では、日所茶飯事であり、今更慌てることではない。しかし、今回の飛来物はなかなかに珍しい。
「文字の出来損ないだ」と思考の番人が思う間もなく、幾何学模様は海へと姿を消した。
文字や言葉を取り入れた海は荒れるものだが、幾何学模様の処理に困っているのか、または判定外なのか荒れる様子はない。
「本体が不調のようだな」
「私達思考系は体調に左右されるからね。言葉を紡ごうとしても解けてしまうのでしょう」
ポツリと呟いた言葉だったが、隣に立つ初代は聞き逃さなかったらしい。
相変わらず耳聡い。
「また思考の海が汚れる。って怒らないの?」
初代が意地悪そうな目をしてコチラを見てくる。
「別に」
素っ気なく返すと初代がにんまりと笑っているのが見えた。気にせず言葉を続ける。
「本体が、文章に向き合う事に意味があったように、俺がこの場所でこうしていることにも意味があった。それを知った今ではもう何とも思わんよ」
淡々と紡いだ俺の言葉に初代は
「成長したわね」
と微笑んだ。
「…思考の海が汚れてもまた本体が綺麗にするしな」
俺の言葉に初代は、一瞬きょとんとし、堰を切ったように笑いだした。
この場所でこうして他愛のない会話をする相手も戻ってきた。
どんなに無駄に見えることも、そこに意味を持たせれば無駄ではない。
初代の明るい笑い声を聞きながら、俺は穏やかな心象風景に身を委ねた。
誰もがみんな
自分自身を知らないままこの世界にやって来る。
何が出来て、何が苦手で
何が好きで
どんなことに心が震えるのか。
それらは全て
この世界で体験して初めて知っていく。
そして、その過程は
みんなバラバラであり、
体験できることも
得られる価値観もしかりだ。
誰もがみんな自分のことを探す旅の最中であり
誰もがみんな長所短所を持ち
誰もがみんな万能ではない。
そう思うと、この世界の懐は案外広いのかもしれない。
花束、というほどご立派なものではないが
切り花を数本買い求めて部屋に飾ることがある。
花がやってくるだけで見慣れ飽きた部屋も
不思議と華やぐ。
華とはよく言ったものだとしみじみ思う。
笑顔には、幸せホルモンの分泌やNK細胞の活性化など人にとって良い効果があるのは有名な話だ。
幸せも勿論必要だが、現在風邪に傾きかけてる我が身に最も必要なのは、後者の効能だろう。
脳の面白いところは、作り笑いと本物の笑いを区別していないというところだ。
形だけの笑顔で勝手に上記の物質が出るなんて、なんて良い作りだろうか。
人に見せるわけではないので、歯を見せてぐっと頬を持ち上げる。目は笑う必要はないので、見事に形だけの笑顔が出来上がる。
スマイル、スマイル。
これでNK細胞が活性化して、活躍してくれるというのなら多少間抜けであろうと、サイコパスみがあろうと構わない。
スマイル、スマイル。
折角の三連休、布団の中で療養する未来は全力回避しなければ…
おっと、口がへの字をかくところだった。
スマイル、スマイル。