何でもないフリ。
「フリ」だから
本当は、何でもあるんだよね。
心の奥底で子供のように叫んでいる声に蓋をして
本当は言いたいのに、態度に表したいのに
みっともないからとか
そんな事に目くじらを立てる必要はないから
なんて、大人ぶって。
心の声に耳を傾けない。
それはきっと、小さい頃
「我儘を言ってはいけません。」
「我慢しなさい。」
我儘な子にならないように
我慢ができる子になるように
躾けられた事があるから。
何でもないフリなんてしないで。
貴方の心が叫んでいるんだもの。
どうしたの?って聞いてあげられることが
きっと大人なんだよ。
「なるほど。件の水晶一つに、魂一つ」
応接室に男の声が響いている。
事務所と応接室はひと続きの為、声を潜めない限り会話は筒抜けとなる。
どうやら席を外している間に来客があったようだ。
依頼者の話はさっぱりわからないが、声の調子的に橘河は依頼を受けるだろう。
今度は一体どんな仕事やら。
自分の席に戻りながら仲村は小さく嘆息した。
応接室にいる依頼主の顔は見えないが、
ここにやってくるくらいだ。
自分と同じく、人ではないのだろう。
ウヅマキ商會。
暮らしの雑事をひきうける、何でも屋だ。
かつてアルバイトが一人いたが、今は社長の橘河と仲村の二人しかいない。
雇い主の橘河は人間ではない。
魂を盗ることが出来る「あめふらし」だ。
人間向きの何でも屋をしつつ、呪術的な事も生業としている。
今日の依頼も「あめふらし」としてだろう。
何せ、報酬が水晶一つだ。
魂一つは依頼内容と容易に想像がつく。
人間ではない依頼主の仕事は厄介なものが多い。
それでも受けるということは、橘河にとって何かしらのメリットがあるのだろう。橘河とはそういう男だ。
話は終わったのか応接室から橘河と依頼主が出てきた。
依頼主はどこにでもいるような男だ。
糊の効いたスーツを着て、一角の企業マンといった風情だが、油断は出来ない。
人の事をとやかく言える身分ではないが、人間に紛れ込む輩の常套手段だ。
橘河は客向けの紳士な態度で、客人を出口まで見送っている。
交渉成立といったところだろうか。
そんな事を頭の片隅で考えつつ算盤を弾く。
算出した数字を帳簿へ記入していると、
客人の見送りを終えた橘河がこちらに向かってくるのが目端に写った。
橘河は仲村の席に近づくなり「仕事だ」と言ってきた。
「先程の御人は?」
仲村の問いに橘河は口の端をあげ、にやりと笑った。
「同業ではないが、お仲間さ」
なるほど。
どうやら自分は思い違いをしていたようだ。
仲村は自分の考えを改めた。
これは、厄介な依頼ではない。
─想像以上に厄介な依頼だ。
これから行わなくてはいけない仕事を想像し、
仲村は静かにため息を漏らした。
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「あめふらし」より
橘河と仲村
澄み渡る青空
小春日和な今日は
貴方と手を繋いで
散歩へ繰り出そう
花を零す山茶花
鈴なりの金柑
実りの季節と冬の来訪
赤や黄に色付いた
葉の絨毯を踏みしめて
今は枯れ枝の樹も
いずれ芽吹く春がくる
冷たい手と手を
互いの熱で温め合って
巡る季節を貴方と共に歩みたい
今日のお題は、
「ありがとう、ごめんね」
おやおや、まぁ。
昨日創作した
名無しの君からきた返事みたいだ。
ハンカチは無事届いたということかな?
「ありがとう、ごめんね」
この言葉は、感謝と謝罪だ。
…ということは、名無しの君は
涙を拭いて前を向けたということだろうか。
「(ハンカチを)ありがとう、(汚して)ごめんね」
「(見つけてくれて)ありがとう、(心配かけて)ごめんね」
こんな文字が私には見える。
例え他者から
「それは違う」
「勝手な解釈すぎる」と言われても私は気にしない。
何故ならば、
私の頭の中で泣いていた人物が涙を拭き、
感謝と謝罪の言葉を残して
新たな空想へと旅立ったのだから。
涙していた名無しの君の物語は
これにてハッピーエンド。
めでたし、めでたし。
ただし、名無しの君よ。
旅立った君にはもう届かないかもしれないが
別に謝らなくてもよかったんだよ。
ハンカチは汚れるものだし
弱ってる時くらい誰かに頼ったって良いのだから。
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今度は涙しない、楽しい物語で会おうね。
名無しの君。
部屋の片隅で
今日も今日とて、お題はやって来る。
さて、どうする?
お題を矯めつ眇めつ眺めて
思考を巡らせる。
真面目にお題を考える自分もあれば
お題の背景を考えたがる自分もいる。
体は一つなのに、心はいくつにでも増える。
心が無数に増えるのは、別に構わないとして、
落ち着かないというのはいただけない。
こうなってしまったのは、
近頃のお題に感じるものがあるからだ。
逆さま
眠れないほど
夢と現実
さよならは言わないで
光と闇の狭間で
距離
泣かないで
そして今日の
部屋の片隅で
ここ最近ずっと
夢破れた
または、
失恋や別れなど
何か悲しい事があり嘆いている人物が
お題から見えるのだ。
その影を無視して話を作ってきたが
どうにも悲しんでいる人物がいるぞと、
それは気の所為ではないのでは?と、
頭の中の誰かが言うのだ。
無視することが難しくなってきた。
その架空の人物──仮名として
「君」の文字を与えようか。
君は、
大切な人と距離が離れてしまったのだろう。
それが死別か、別れなのかは私にはわからないが。
さよならは言わないで欲しかったのに。
現実とは実に皮肉かな
望んでいないことばかりを叶えて
叶えて欲しい夢は夢のままに終わる。
君にとってそれは
まさに青天の霹靂、
天と地が逆さまになるような出来事だった。
自分の何が悪かったのか、
何をすれば望む未来に進めたのか。
尽きることのない後悔は
あり得たはずの明るい未来と
訪れてしまった現実を突きつけ
身をよじるほどの苦悩となる。
光と闇の狭間を行き来する思考は
何時しか
眠れないほどの苦しみへと変わっていった。
今日も君は部屋の片隅で泣いている。
お題に隠れていた君よ。
君は、どこにいるのだろう。
泣かないでと、
今すぐハンカチを差し出せればいいのに。