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「なるほど。件の水晶一つに、魂一つ」

応接室に男の声が響いている。
事務所と応接室はひと続きの為、声を潜めない限り会話は筒抜けとなる。

どうやら席を外している間に来客があったようだ。
依頼者の話はさっぱりわからないが、声の調子的に橘河は依頼を受けるだろう。

今度は一体どんな仕事やら。

自分の席に戻りながら仲村は小さく嘆息した。

応接室にいる依頼主の顔は見えないが、
ここにやってくるくらいだ。
自分と同じく、人ではないのだろう。

ウヅマキ商會。
暮らしの雑事をひきうける、何でも屋だ。
かつてアルバイトが一人いたが、今は社長の橘河と仲村の二人しかいない。

雇い主の橘河は人間ではない。
魂を盗ることが出来る「あめふらし」だ。
人間向きの何でも屋をしつつ、呪術的な事も生業としている。
今日の依頼も「あめふらし」としてだろう。
何せ、報酬が水晶一つだ。
魂一つは依頼内容と容易に想像がつく。

人間ではない依頼主の仕事は厄介なものが多い。
それでも受けるということは、橘河にとって何かしらのメリットがあるのだろう。橘河とはそういう男だ。

話は終わったのか応接室から橘河と依頼主が出てきた。
依頼主はどこにでもいるような男だ。
糊の効いたスーツを着て、一角の企業マンといった風情だが、油断は出来ない。
人の事をとやかく言える身分ではないが、人間に紛れ込む輩の常套手段だ。

橘河は客向けの紳士な態度で、客人を出口まで見送っている。
交渉成立といったところだろうか。
そんな事を頭の片隅で考えつつ算盤を弾く。
算出した数字を帳簿へ記入していると、
客人の見送りを終えた橘河がこちらに向かってくるのが目端に写った。

橘河は仲村の席に近づくなり「仕事だ」と言ってきた。

「先程の御人は?」

仲村の問いに橘河は口の端をあげ、にやりと笑った。

「同業ではないが、お仲間さ」

なるほど。
どうやら自分は思い違いをしていたようだ。
仲村は自分の考えを改めた。

これは、厄介な依頼ではない。
─想像以上に厄介な依頼だ。

これから行わなくてはいけない仕事を想像し、
仲村は静かにため息を漏らした。

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「あめふらし」より
橘河と仲村

12/10/2023, 11:31:24 AM