鶴上修樹

Open App
11/4/2024, 1:30:26 PM

『哀愁を誘う』

 誰もが住む家へと帰っていく夕暮れの中、高校生の僕は、公園のブランコに一人座っていた。放課後、僕は美人の先輩に告白したのだが、結果は見事に玉砕し、メンタルがボロボロになっていた。しかも、夕暮れが哀愁を誘ってくるから、余計に落ち込んでしまう。
「あっ! いたいたぁー!」
 静けさのある公園から、明る過ぎる大声が聞こえてくる。あまりにもうるさくて、鼓膜が破れそうだ。そんな声を出したのは、幼なじみのモテモテな女の子である。
「……何しに来たんだよ」
「何しに、じゃないわよ。おばさんが、あんたが帰ってこないって心配してたから、迎えに来たの。フラれて落ち込んでいるあんたの事だから、ここにいると思ったわ」
「ちょっ! なんでフラれた事を知ってるの!」
「クラスメイト情報〜。……いよっと!」
 彼女は僕の隣のブランコに座ると、軽く揺らした。
「いやぁ〜ねぇ。あんたには無謀だったわよ、あの美人な先輩は。あんたには不釣り合いね」
「分かってるよ、そんなの。でも、卒業する前に伝えたかったからさ。ひどいフラれ方だったけど、後悔はないよ」
「ふぅーん。それにしては、めっちゃ落ち込んでない? 夕暮れをバックに、哀愁を漂わせちゃってさぁ〜」
「う、うるさいな……」
 夕暮れで余計に悲しくなっているという事は、彼女には秘密。絶対笑われるから。
「その哀愁。あたしが消してあげるわよ」
 彼女はそう言うと、ブランコから下りて、僕の前に立った。そして、顔を近づけて。
 ――チュッ。
「……っ!」
 彼女が、僕の唇にそっと口付けた。僕にとっては、初めてのキスである。
「……哀愁、消えた?」
 すぐに唇を離した彼女が、僕に尋ねてきた。正直、消えたってより、びっくりの方が勝ってる。
「……言っておくけど。あたし、ファーストキスは好きな人とするって決めてるの」
 彼女はそう言うと、僕に背を向けて、顔を見せないようにした。そうだよね、初めてするなら、好きな人とする方が――。
「……えっ」
「……だから、あんたに捧げたのよ」
 ごめん、夕暮れ。誘った哀愁達を、連れて帰って。

11/4/2024, 9:07:53 AM

『鏡の中の自分』

 鏡を見つめている時、ふと思う。鏡の中にいる自分は、何を思っているのだろうと。僕と同じ動きをするけど、鏡の僕の思考は違ってたりして――なんて、ぼんやり考えたりする。
「あーあ。目の下のクマがくっきり……」
 休日の朝、洗面所で顔を洗う時に鏡を見たら、僕の顔はひどいものとなっていた。昨日、徹夜で受験勉強をしたからなのだが。寝不足だからかなり眠たいし、疲労が僕に掴まっている。でも、僕は受験生だ。甘えなんて許されないのだ。
「勉強、やらなきゃ……受験、落ちる……」
 本物の僕は、そう口を漏らす。でも、聞こえてくる。目の前から、僕に呼びかけるのだ。
 ――俺は眠てぇぞ!
 僕の前にあるのは、鏡の僕。動きは変わらないのに、僕自身なのに、まるで違うのだ。
 ――少しでもいいから寝ちまえよ! ぶっ倒れても知らねーぞ!
 おせっかいのように、鏡の僕が怒鳴ってくる。それはダメ。僕は受験生なんだよ。受験生は、ガリガリと勉強しまくるものだろう? それをやめたら、僕はシャープペンシルを持とうとしなくなる。目の前の問題に逃げてしまう。僕の人生が、暗転する。
 ――余計、真っ暗だぜ。このままだと。
 うるさい。何が分かるんだ。お前なんかに、僕の何を理解してるってんだ!
 ――分かるよ。俺は、『お前』なんだぜ?
 同じ動き、同じ表情。間違いなく、そうなのだ。でも、僕には、鏡の僕が、微かに微笑んでいるように見えた。
 ――ほら、早く寝ろ。母さんが心配してっぞ。
 いつの間にか僕の後ろにいたのは、近所で美人で有名な、僕の母さんだ。母さんは顔を青くして、僕を見ていた。
「あっ、母さん。僕、少しだけ寝てくるね」
 安心させようと、僕は言う。しかし、母さんの表情は変わらない。それどころか、泣いている。
「大丈夫だって。寝たら、すぐに……」
 僕が一歩前に踏み出した、その時。僕を貫通して、母さんが通り過ぎた。それに気づいた瞬間、若かったはずの母さんが、白髪にシワだらけのお婆さんに変化していた。
「あっ、あ……」
 ――【その姿】で後悔したって、遅いぜ。
 後ろから声が聞こえて、振り向く。そこには、泣き崩れる老婆の母さんの姿しか映っていなかったのだった。