『鏡の中の自分』
鏡を見つめている時、ふと思う。鏡の中にいる自分は、何を思っているのだろうと。僕と同じ動きをするけど、鏡の僕の思考は違ってたりして――なんて、ぼんやり考えたりする。
「あーあ。目の下のクマがくっきり……」
休日の朝、洗面所で顔を洗う時に鏡を見たら、僕の顔はひどいものとなっていた。昨日、徹夜で受験勉強をしたからなのだが。寝不足だからかなり眠たいし、疲労が僕に掴まっている。でも、僕は受験生だ。甘えなんて許されないのだ。
「勉強、やらなきゃ……受験、落ちる……」
本物の僕は、そう口を漏らす。でも、聞こえてくる。目の前から、僕に呼びかけるのだ。
――俺は眠てぇぞ!
僕の前にあるのは、鏡の僕。動きは変わらないのに、僕自身なのに、まるで違うのだ。
――少しでもいいから寝ちまえよ! ぶっ倒れても知らねーぞ!
おせっかいのように、鏡の僕が怒鳴ってくる。それはダメ。僕は受験生なんだよ。受験生は、ガリガリと勉強しまくるものだろう? それをやめたら、僕はシャープペンシルを持とうとしなくなる。目の前の問題に逃げてしまう。僕の人生が、暗転する。
――余計、真っ暗だぜ。このままだと。
うるさい。何が分かるんだ。お前なんかに、僕の何を理解してるってんだ!
――分かるよ。俺は、『お前』なんだぜ?
同じ動き、同じ表情。間違いなく、そうなのだ。でも、僕には、鏡の僕が、微かに微笑んでいるように見えた。
――ほら、早く寝ろ。母さんが心配してっぞ。
いつの間にか僕の後ろにいたのは、近所で美人で有名な、僕の母さんだ。母さんは顔を青くして、僕を見ていた。
「あっ、母さん。僕、少しだけ寝てくるね」
安心させようと、僕は言う。しかし、母さんの表情は変わらない。それどころか、泣いている。
「大丈夫だって。寝たら、すぐに……」
僕が一歩前に踏み出した、その時。僕を貫通して、母さんが通り過ぎた。それに気づいた瞬間、若かったはずの母さんが、白髪にシワだらけのお婆さんに変化していた。
「あっ、あ……」
――【その姿】で後悔したって、遅いぜ。
後ろから声が聞こえて、振り向く。そこには、泣き崩れる老婆の母さんの姿しか映っていなかったのだった。
11/4/2024, 9:07:53 AM